キウイの朝オレンジの夜


「ああ~、疲れた~!」

 機嫌よさげにそう言って、稲葉さんはあたしに近づく。そして垂れ目を見開いて、あたしをじっくりと眺めた。

「・・・へえ、馬子にも衣装、だな、神野」

 あたしは恥かしくてわざとつっけどんに返す。

「どうせ馬子ですよ。卓球まで強いなんて、嫌味ですね支部長!」

 稲葉さんはしばらくあたしの全身を見ていたけど、それから視線を合わせてにやりと笑う。

「実は」

 そしてあたしから荷物を受け取りながら言った。

「高校の時、卓球部だったんだ」

 ・・・・へえ。そうなのか。それを知ってたから順番ふったのかも、あの負けた支部長。

 職域担当と一般支部は何かと張り合うので、たかが卓球といえどどっちも負けたがらない。元々負けず嫌いの塊である営業集団なのだ。

 同時についた他の支部長から鍵を受け取って、稲葉さんはあたしに片手を上げる。

「じゃあ神野、また宴会で」

 いえ、あたしはあなたとは飲みませんから!そう心の中で呟いて、曖昧な笑顔を返す。

 そしてとりあえず会釈だけをして、菜々の所に走って逃げた。


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