キウイの朝オレンジの夜


 ビルの入口近くに真っ直ぐ立って、稲葉さんがこっちを見ているのに気付いた。

 ――――――わお。夢の王子様、発見。

 あたしは無意識に口元を撫でる。・・・涎のあと、ちゃんと消えてるよね?

 菜々は急いで首を縦に振り出した。

「稲葉支部長!!あ、はいはい、勿論です。あたしのものじゃないし、もう返却しなくていいですから」

 いいながらあたしの背中をぐいぐいと稲葉さんのほうへ押す。

「いたっ・・・こら、菜々!」

「じゃ、あたし帰る。また優績者研修でね、玉!」

 そしてあたしの耳に口を近づけて、ぼそっと言った。

「何が起こったかは全部教えてね!」

 あたしが呆れて彼女をみると、お持ち帰りじゃん、あんた!と小声で言って楽しそうに笑った。ばいばい、と大きな声で言って後ろに下がる。

 あたしは、もう!と手を振って彼女を追い払い、緊張して稲葉さんを振り返った。

 稲葉さんはあたしを柔らかく見下ろし、綺麗な笑顔で言った。

「大石さんは、正しい」

「は?」

 一歩であたしに近づいて、瞳を煌かせて言う。

「お前は俺にお持ち帰り、されるんだ」

 ・・・・聞こえてたのか!恐るべき地獄耳だ。

 こいよ、と促されて、まだ寝起きのあたしはふらふらと彼についていく。


< 198 / 241 >

この作品をシェア

pagetop