キウイの朝オレンジの夜


 稲葉さんは落ちてきた前髪を優雅に払って、相変わらずのんびりと言う。

「本当は、目標とするなら週に20件と言いたいんです。ですが主婦の方も多いし、家庭での時間を考慮して10件に減らしてるんですよ。私は悪魔ではありませんから、子供さんとの触れ合いを減らすつもりはありませんしね」

 そこであたし、繭ちゃん、そして入ったばかりの独身の子を平等に見て、あの甘え顔で言った。

「ただし、独身組みはその限りでない。そう、よく考えたら主婦の方々と同じでは不公平だよな、よく言ってくれた、神野」

 嫌な予感に背筋がざわっと震える。後ろで繭ちゃんが、まさか・・・と小さく呟く。

 とろける様な柔らかく甘い究極の笑顔で、稲葉さんは手の平をあたし達に向ける。

「君達は、15件にしよう。では、健闘を祈る」

 ええええ~!??と指された3人で絶叫する。何だってえええ!?

 周りの営業は、今日も支部長の勝ちね、と言いながら去っていく。

「ちょっと待て、鬼~!!」

 ふざけんなーっ!何が私は悪魔ではありませんだ、これは苛めだああ~!!と叫びながらあたしが突っかかろうとするのを大久保さんと繭ちゃんが止め、実に爽やかな笑い声を上げながら稲葉さんは支部長席に座った。

「ふざけてないぞ、俺は至って真剣だ」

 殺す気ですかあ~!!と諦めずに拳を振り上げるあたしを今度は副支部長が止める。

 そんなことをしながら、毎日は過ぎていった。


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