キウイの朝オレンジの夜


 あたしの唇を撫でていた指をやっと離して、稲葉支部長は立ち上がった。そしてまだ食べてないあたしのオレンジをひとつ取って、それを振りながら言った。

「神野の唇。これの味しか、しねーだろ。夜の間は」

 唖然として思わず口を開けたまま絶句したあたしを見て、ヤツは軽い笑い声を上げる。

「キスの味がオレンジとは、お子様だな。メイクで色気を出したって、最後の詰めが甘いのは営業活動と同じだ」

 ―――――――なっ・・・・!!

 あたしが真っ赤になって攻撃をしようとするのと、ヤツがドアを閉じたのが同時だった。

 ば、ば・・・バカにされたああああ~!!くそう!結局からかわれて負けてしまった~!!あああーっ!それにあたしのオレンジがあああ~!!

 あたしの貴重なビタミン剤を返せっ!!果物は高いんだぞう!

 今日貰えなかった契約までキッチリ嫌味に変えて行った。くっそ~ロクでもない上司だ!

 ジタバタすれど、相手はなし。あたしは悔しい気持ちのまま、持ち物をまとめて2階の電気を消した。

 腕時計を見るともう8時近かった。

 事務所に入ってあたしからパクったオレンジをむいて食べている支部長を睨みつけて自席に戻る。

 稲葉さんの楽しそうな声が他には誰もいない支部に響いた。

「寂しい独り身同士、どっか食べに行くか?」

「行きません!!」

 あたしが鼻息も荒く荷物を引っつかんで事務所のドアを閉めた時には、稲葉さんの爆笑が聞こえていた。

 ・・・ちっくしょう!鬼支部長めええええ~!!


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