ペーパースカイ【完結】
〈b〉輪子:アンチ・クッキー
あの日。

誰もが私を慰めたり、お悔やみを言ってくれたりしたけれど、

それらはすべてフィルター越しにぼんやりと見える幻みたいだった。

誰がどの人で、どんな関係で、名前で、顔で、声で……?

何一つ情報が、頭に入って来なかった。

たった一つだけ、おぼえているのは。

斎場にタクシーで乗りつけ、一目散に私の元へ走ってきた苺。

砂利道を蹴るようにして、走ってきた苺。

ザッザッザッザッザ!!

と。挑みかかるような、音を立てて。

途中でコケそうになりながら、つんのめって私の元へ走ってきた苺。

まったく似合わない(ほんとに、まったく、全然似合わない)

黒いワンピースを着た苺は、何も言わずに私の手をギュウっと握った。

熱いくらいに暖かい手。

それとも、私の手の方が冷え切っていただけなのか。

わからないけれど。

「大丈夫?」

なんて、大丈夫なわけがない。

「しっかりね」

なんて、しっかりできるわけがない。

だからきっと苺は、なんにも言わなかったんだと思う。

あの日の苺は、いつもキャラキャラ鈴の音のように笑ってる、かしましく、

明るい無邪気な苺と同一人物とは思えなかった。
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