魔法の原理
2 剣歌
翌日は至って平常であった。65分間の授業を5つこなし、昨日までと同じように放課後を迎えた。 昨日、弓道場の戸締りを完遂した後、天野はそのまま帰宅した。塾に通っていないため、受験勉強の本拠地は自宅だ。定式化した「ただいま」を言うと、家には母がいたが、そのときはもちろん、その日は結局一言も新しい友達の話はしなかった。ココロが姿を消してから時間が経てば経つほど、信じられない速度で記憶の風化が進み、帰宅するころには、あれは夢だったのではないかとさえ思うようになっていたからだ。話をするのにはあまりに白昼夢めいている。模試の結果が芳しくなかった現実は、すぐに天野に勉強をするように働きかけた。印刷された得点を眺めていたら、ココロのことは気にならなくなっていた。
 帰りのホームルームが終わり、英語教科室に清掃に向かった。到着したものの、どうやら班員はまだ誰も来ていないらしい。先に掃除をはじめることにして、英語教科室に入る。
「小林先生ー。」
 間延びするようにゆるく呼びかける。英語教科室には、天野のクラスの英語の授業を受け持つ小林がいた。小学生の子供をもつ母親である先生で、淡白に見えて実は優しい。生徒一人一人について、細かな配慮をしてくれる先生だ。天野が一年生のときの担任の先生であり、”高校教師”の印象に大きく影響した。
「天野君、勉強のほうは順調ですか。」
「いやあ。昨日模試が帰ってきたのですが、国語が全然できなくて悔しい思いでいっぱいです。」
 苦笑いを浮かべ、思わず小林から目をそらした。言葉にすることは勇気が要ることだ。だが、言葉にして誰かに認識してもらうことで、安心感を得ることもある。天野は小林に、自分の感情を預けるだけの信頼は寄せていた。
「ええ?そんなあ。国語は天野君の得意科目じゃないですか。こんなはずじゃない、もっとできるはずなんだ、っていう気持ちで頑張ってくださいよ。」
 語尾を伸ばして柔らかく。まるで天気が晴れであることを喜ぶように言った。しかし、その言葉の持つ力は大きい。
「得意科目・・・。本当にそうなんでしょうか。」
 問うてから失敗だったと思った。得手不得手は自己申告制の概念だ。他人に聞いてどうというわけではない。この質問は、ただ他人に「そうだ」という答えを求めているだけだ。・・・卑しい。自分で自分を認めてやれないから、他人を使おうとする。

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