愛し
「いってきまーす!」

慌ただしく支度を済ませて元気よく家を出る絵美の見送りついでに、郵便受けの新聞を取りに出る。すると少し距離があるものの遼を呼ぶ幼馴染の声がした。いつもより随分遅いがランニング帰りだろうか。

「よう、お疲れ」

アパートの階段を駆け上り、ドアに凭れて新聞をめくる遼の元までやって来た陽平。遼は労いの言葉を掛けるとともに右手を軽く挙げタッチを促すが、陽平はその手をガッと掴むと叫ぶように話し始めた。

「俺…俺…、恋始まっちゃったかも!!!」

「…俺に恋したのか?」

「バカヤロウ! 気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ!!」

何事かと思ったがなんてことはない。いつものことかと遼は脱力する。

「ああ、お天気お姉さんの名前でも判明したのか?」

「はっ! 忘れてた! 今何時!?」

「七時半まわったとこ」

「マジかよ……ってそうじゃなくて!」

余程急いで帰ってきたのか、はあはあと息を荒らげている陽平に「少し待ってろ」と伝えて、冷蔵庫でキンキンに冷えたミネラルウォーターをコップに注ぐ。それを陽平に渡せば、一気に飲み干そうとして気管に入ったらしく盛大に噎せている。なんて忙しい奴なのだろう。

仕方なく一定のリズムで陽平の背中をさすっていると大分落ち着いたのか、陽平が今度はゆっくりと話し出す。そして、その口から出た言葉に耳を疑った。

「昨日の眼帯少女覚えてるか?」

遼はポーカーフェイスを装っていたが、心臓がドクドクと速まるのを感じていた。

昨夜、連日の睡眠不足や疲れから早く眠りに就きたかったのだが、布団に入り目を瞑ると、あの少女がした一瞬の微笑みが思い出されて寝つけなかったのだ。

その為、気を紛らわそうとまだ提出に余裕のある課題にまで手をつけて、結局また寝不足が加算されてしまったことなど目の前の男には言えるはずもない。

「なあ、聞いてるか?」

反応のない遼に焦れたのか、陽平は少しぶすくれた声を掛ける。

「ああ、ごめん。覚えてるよ。強烈だったからな」

「本当に強烈な一発だったぜ……ってそうじゃなくて! あの子さ、あそこに住んでるみたいなんだけど、あんなちっこいくせに高二なんだってよ! 絵美と同じかもう少し下だと思ったよな」

目の前に広がる景色の中、頭ひとつ飛び出たような高層マンションを親指で指しながら笑う陽平に疑問が生じる。

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