こうして僕らは、夢を見る

11


















――――――――――――――――――――‥‥‥






あああああああああああああああああああっ






「っき、緊張した…!」






手に汗を握る。ハラハラと気を揉むような緊張感。



唐突過ぎた荻窪先生との再開に緊張のあまり激しく鼓動が鳴り響く。平然とした面持ちに見えて全く平気じゃない。



角を曲がると小走りで【陸上部】から遠ざかった。緊張からか僅かに走ったせいか軽く息が乱れている。






「―……ふぅ」






深呼吸して息を整える。



【陸上部】に行くときより確実に重くなっているカゴバック。夏らしい向日葵が付いたカゴバックの中には愛用のシューズが。



鞄の上から愛用シューズの存在を確かめる。鞄を撫でればゴツゴツとした大きい何か。これが何かなんて悩まなくても分かる。鞄の中にあるシューズにホッとする。



有るだけで安心する癖に捨てたワタシ。矛盾している。あのときの私は気が詰まり少し可笑しかったのかもしれない。



でも、やっぱり。






「……なかったなぁ」






無かった。



荻窪先生から手渡されたシューズにはやっぱり無かった。



投げたときから無かったから期待はしてなかったけど、一握りの可能性に期待している私も居た。






「……どこにあるんだろう?」






―――――‥‥‥‥靴紐。





「靴紐」そう呟こうとした言葉を呑み込んだ。



多分もう無いから。何処にも。



無い物ねだりだ。シューズが手に戻れば次は靴紐を欲してしまう。



だけど靴紐は絶対に見つからない。捨てられたに決まってる。仮に道路に落ちていても、ただの紐。他の人から見れば塵だ。落ちてても清掃員さんに棄てられてるよ。






「大事だったんだけどな、」






大切なもの。試合前には紐を握り締めてから試合に望む。凹んだときには無言で紐を弄りながら思いに耽る。納得がいくまで考える事に没頭し自分の世界に溺れた。手には紐。いつも紐を手にしていた。


未練がましい思いを振り切るために頭をフルフルと横に振る。






「――――‥よし!」






パンっ!と頬を叩き訳の解らない気合いを入れる。闘いに出向く訳じゃあるまい。ただ気持ちを切り替えるために頬を叩いた。



いつまでも無き物に善がるのは止めよう。確かに大切な物だった。でも時には諦めも感じだ。



それにシューズが私の手元に返って来てくれただけで嬉しい。



"返る"より"帰る"の方が良いかもしれない。



私は"家"で、愛用シューズは家出していた家族的存在。でも自らが出奔したわけではなく追い出したのはワタシ。"帰って来てくれた"シューズが愛おしい。
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