Secret Lover's Night 【連載版】
残された晴人は、言われた通り玄関に回るしかなくて。湧き上がる苛立ちを表に出さぬように一度深呼吸をし、玄関の扉を開く。

「ただいま」
「お帰りなさいっ!」

飛び付く千彩は、やはりどこまでも無邪気で。それにホッと安堵の息を吐き、柔らかな体を抱き締めた。

「ごめんな、寂しい思いさして」
「大丈夫!ともとがずっと一緒におってくれたから」
「ずっと?」
「うん。ずーっと」

バンドの練習はまだ連れて行けるとしても、まさかバイト先にまで連れて行くわけにはいくまい。辞めたな。と、言われずとも覚った晴人は、ゆっくりと千彩の髪を撫でながら思う。これは再度釘を刺しておく必要があるな、と。


千彩の手を引いてリビングへ入ると、随分と様子の変わってしまった和室がまず目に入った。

まず、間仕切りの障子が綺麗サッパリと取り払われている。そこにあるのは、大きなビーズクッションと、自分が千彩に買い与えたぬいぐるみよりも何倍も大きいうさぎのぬいぐるみ。そして、そのうさぎに凭れかかりながらギターを弾く智人。

どれもが晴人には違和感でしかなくて。いったいこの家で何が起こったのだろうか…と目を細める晴人のジャケットの裾を、千彩が遠慮がちに引いた。

「はるー」
「ん?」
「どうしたん?」
「ん。何でもないで」

不思議そうに首を傾げて覗き込む千彩の頭をポンポンと撫で、「そうだ…」と晴人はお土産に持って来た箱を差し出した。

「ちぃ、プリン食べる?」
「食べる!」
「誰や、約束破りよる奴」
「うー…おやつの時間まで我慢する」
「え?」

あまりの驚きに、思わず晴人は目を丸くした。食べたい物を尋ねると決まって「プリン!」と即答するほどプリン好きな千彩が、それを我慢すると言うのだ。これはどうしたことだろう。と、晴人は千彩の顔を覗き込んだ。

「要らんの?」
「いる!いるけど…おやつまで我慢する」
「何で?」
「ともとと約束したから」

とは言え、大好きなプリンが目の前にあるのだ。食いしん坊の千彩が食べたくないはずがない。箱を持ってうずうずとしながらも「我慢する」と言い張る千彩が、晴人には可哀相でならない。

「食べたええやん」
「んー…やめとく」
「おい、智」

やはりどこまでも千彩に甘い晴人は、約束など気にせずに好きな物を食べさせてやりたいと思ってしまう。せっかく久しぶりに会えたのだ。存分に甘やかしたい。

そんな晴人に、無表情のままギターを弾いていた智人がふと手を止め、無言で視線を寄越した。そして、そのまま千彩に視線を向け、やはり無言のまま千彩の手にある箱へと視線を落とした。

「…はーい」
「え?」
「しまって来いってー、これ」

ツンと唇を尖らせてキッチンへ向かう千彩を目を瞬かせながら見送り、晴人は「取り敢えず頭の中を整理しよう…」と深く息を吸ってゆっくりと吐き出した。
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