あおぞらカルテ
「お帰り~」


もうとっくに定時は過ぎていたのに、田尾先生は医局のソファーでケータイ片手に居残っていた。


「面白かったか?」

「……はい、すごく」


静かな気持ちの高まりが、じわりじわりと押し寄せて、胸がいっぱいになっていた。

父さんが築いてきた技術のすべて。


「道重准教授ってさ、術後トラブルが日本一少ないって言われてるんだ」

「そうなんですか?」

「もっぱら現場が命、論文の数が少なくて“准教授”止まりだけどな」


田尾先生は皮肉を含めた笑みを浮かべる。

大学病院では、論文の書ける医者が上にあがっていく仕組みなんだ。

それでもずっと、この医局に残ってメスを握り続けてきた父さん。

まるで…何かに恩返しするかのように、身をささげてきたことを知ってる。


「救命医の俺からしたら、心臓外科ってのはイイとこ取りで気に食わねーな。けどさ、正直カッコイイって思うよ」


ポロリと出た田尾先生の本音。

それがなんとなく可愛くて、思わず笑ってしまったんだ。

引き際がキレイな救命医、田尾先生も相当カッコイイと思うけど?


「お前も、親父みたいな良い医者になれよ」
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