あおぞらカルテ
「キミも藤原さんにつかまったのかね?今年の研修医はみんなネギを持って来るんだよー」


白髪の優しそうな院長先生。

オレの右手にはネギ。

さっき道を尋ねたおばあさんに貰ったんだ。

貰ったというか、無理やり渡されたと言ったほうが正しいような気もするけど。


「ここは大学病院とは違って、先端医療なんてできない。ギャップに驚くかもしれないけど、すぐに慣れると思うよ」


院長室の窓からは、のどかな田園風景が見渡せる。

たった5階しかない病院が、この町で一番高い建物だということがわかる。

コンビニなんてものはない。

夜9時に閉まる小さなスーパーが、この町の中心なのだそうだ。


「おやぁ?新しい先生かね?こりゃまたハンサムな先生だわー」


院長先生に連れられて院内を見学してまわると、患者さんから声をかけられる。

ほとんど全員が高齢者。

寝たきりの人も、歩ける人も。

そして、車いすで散歩をしている腰のまがったおばあさんに出会う。

院長はしゃがみこんで、患者さんと視線を合わせた。


「島本さん、こちらは明日からうちで働いてくれる道重先生ですよ」

「よろしくお願いします」

「うちの孫よりも若いんじゃないかねぇー。立派なもんだー」


しわしわの小さな手がオレの手を包み込んだ。


「先生、よろしくお願いしますね」


こんな風に頼りにされるなんて、思ってもみなかった。

しがない研修医だというのに、まるで神様みたいに拝まれて。

大学病院とは空気が違う。

時間の流れが急にゆっくりになったみたいだ。
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