オトナの秘密基地

考えてみても、後悔しない言葉なんて思い浮かぶはずはなかった。

だって、一番に思っていることは間違いなく行かないで欲しい、という願い。


私たちを置いていかないで。

ずっとここにいて、我が子の成長を見守って欲しい。


でも、言葉に出す訳にはいかない。

その気持ちを吐き出したら、自分は楽になるかも知れない。

けれどそれは旦那様の負担にしかならない。

妻に縋り付かれ、行かないでって懇願されても、それを振り払って死地へ行くなんてむごすぎる。

そんなこと、和子さんなら絶対にしない。

和子さんは……この時代の軍人の妻はこんな時、きっと堪える。

堪えて堪えて、誰にも知られないところでひっそりと泣くの。

旦那様の無事を祈りながら……。
< 108 / 294 >

この作品をシェア

pagetop