オトナの秘密基地

 旦那様亡き後、ほとんど家に戻ることのない若旦那様しか使わないこの家に、住み込みの奉公人は不必要だった。
 私は四十九日を迎えたその日に暇乞いをしたのだが、却下された。

「俺がいない間、毎日御霊供膳を作って父の供養をして欲しい。せめて、一周忌までは」

 そう言って、引き留められた。
 行くあてのない私にとって有難い話ではあったが、その一周忌ももう終わってしまった。


 若旦那様と叔母様を見送り、私はすぐにお酒を持って和室へ向かった。


「遅いじゃないか、和子!」

「申し訳ありません」

 案の定、正さんに怒鳴られた。

「まあいいじゃないか。それより和子、これから先、どうするのか決めたのか?」

 叔父様がにやりと笑い、私の顔をじっと見ながら尋ねてきた。

「まだ、はっきりとは……」

「それなら、うちで奉公したらどうだ? どうせ住むところもないんだろう」

「……」

 返事に困る私を、正さんがじろりと睨んだ。

 この家で奉公するのだけは嫌。間違いなく正さんに苛められる。苛められるだけで済まない、そんな不吉な予想までしてしまい、背筋に悪寒が走る。

「どうした和子。俺と住むのがそんなに嫌か?」

 正さんが私の側へにじり寄ってきた。酒臭い息がかかり、顔を背けたら「生意気だ!」と顎を掴まれた。
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