ポンコツ王太子と結婚破棄したら、一途な騎士に溺愛されました
 否、それ以前にユフィーナにとって非常にまずいのは、今までのルード側の彼女に対する仕打ちを彼女が祖国に訴えて明るみに出る前に、いっそのこと死人に口なし、さっさと処分してしまえという意見が出ることだった。

 その為このところは余り街に出ず、ニナと手分けして侍女姿で王宮のあちこちで様子を窺っていたのだが、いよいよ先日、貴族達の強硬派が「仕方がありませんねえ」「ええ、余計な火種は早々に消えてもらわなければ」「王太子妃殿下も、これで一つくらいは我が国の役に立てるというものでしょう」「では、私の手の者に任せるということでよろしいですかな」「出来るだけ自然な形で発見されるようにお願いしますよ、後々面倒なことになりかねませんからね」と、最早カウントダウンはすぐそこです、待ったなしですと言う会話を交わしているのを耳にした。

 動き易く、また色々な小道具をエプロンの下に隠し易く、どこにいても愛想笑いひとつで何も怪しまれない侍女姿って、間諜のコスチュームとしてかなりハイスペックだと思う。

 元々ユフィーナの存在を疎ましく思っていた王太子や、そんな彼に半ば諦めたように何の対応もしようとしない国王らが、貴族達のそんな意見を聞いて「お飾りの王太子妃」の為に何かしてくれるなんてことは夢物語としてもあり得なさすぎるわけで、そんな期待は最初からしようとも思わなかった。

 まあ暗殺者を返り討ちにすること位、ニナとふたりならばどうとでも出来そうな気もするが、それこそ余計な厄介事にわざわざ関わることもないだろう。
 この王宮という場所では、人の命の価値が余りに軽い。

 より多くの人間の幸福の為に、少数が切り捨てられるなんて話は珍しくも何ともないが、その切り捨てられる命が自分のものだとなれば、自衛の為にも卑怯だと言われようが敵前逃亡させて頂きます。

 ――単に、このえげつない王宮からさっさと出て行きたいだけではないかと言われれば、反論のしようもないのだけれど。

 だって、ずっと帰りたかった。

 どれだけ強がってみせたところで、周り中から否定され続けることの辛くない筈がない。

 それでも、自分がここにいることで、少しはこの国への祖国に対する何かしらの抑止力になっていると思えばこそ、ずっと耐えていた。耐えることが出来た。
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