ゴースト ――あたしの中の、良からぬ……
(薫さん――)



今この智弘さんの腕を振りほどいてしまうと、この人が壊れてしまうような気がして。


この人が潰れてしまうような気がして。



あたしは全く動けなかった。


声すら全く出せなかった。




薫さんは、悲しげな目で長い間じっとあたしたちを見ていたかと思うと。


やがて、地面に目を落として――


肩を落としてひとつ大きなため息をついた。



そっと飲み物を地面に置いて。


そして、くるりと踵を返す。



(薫さん、待って――)



あたしは智弘さんにしっかり抱きしめられたまま、

ぼろぼろ涙を流しながら、

少しずつ遠ざかっていく薫さんの後ろ姿を必死で追っていた。



(薫さん、待って、行かないで――)



盛り上がった涙で薫さんの姿がぼやけて、見えなくなった。

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