泣き顔の白猫

時計を見ると、時刻はそろそろ十二時になろうかという頃だった。
そろそろ閉めようか、と言うマスターの声に、加原は立ち上がる。

「今度はもっと早めに来れればいいけどなー」
「あんまり長居されても困りますよ」
「ちょっと、お客さんにそういうこと言う?」

マスターの笑い声をBGMに、会計を済ませる。
名波は、利き手の自由が利かない加原がもたつくのを、何も言わずに待ってくれていた。

ドアベルの音が、入った時とは違う響き方をする。
からんころんという音が、木の扉の向こうで鳴り止んだのを聞きながら、加原は歩き出す。

名波のことを考えていた。

可愛かったなぁ、と素直に思うと、足取りは自然と軽くなる。
春の夜の温い風が、どこか遠くの犬の声を運んでいる。

全身にのし掛かっていた疲れは、半分くらいに吹き飛んでいた。
包帯の下の痛みも、今はなぜか、気にならなくなっていた。

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