泣き顔の白猫

最後の一人



(加原さん……っ、)

名波は、助けを求めるように、携帯電話を盗み見た。
白く点滅する光を、縋るような気持ちで見る。

『りんご』に飛び込んでしまえばマスターに助けを求められそうな気がしたが、その角を曲がるには、目の前に立ちはだかる男を躱さなければいけない。

仕事へ向かう途中だったため、ジーンズにスニーカーという、動きやすい格好ではある。
だが、ナイフを持った現役の警察官を撒いて逃げるなんて芸当ができるとは、到底思えない。

そもそも逃げようにも、名波の足はすっかり竦んでしまっていた。
バッグを持つ手にばかり力が入って、地面を蹴ることができない。


名波は、久しぶりに見る相変わらず真面目そうな顔に、加原の言葉を思い出していた。

『ヤスさんって先輩がいて』
『俺が新人の頃から可愛がってくれてね』
『ここもその人に教えてもらったんだよ』

その時は加原が警察官であることなんて知らなかったから、その呼び方を聞いて安本のことを思い出すこともなかった。
尊敬できる先輩のことを、嬉しそうに話す加原に、思わず顔が緩んでしまったり。


あの時はまだ楽しかったな、なんて考えている自分に気付いて、名波は戸惑う。

ずっとあのまま、何も知らない同士でいられたら、よかったのだろうか。
それでよかったのだろうか。

「……加原さんの言ってた、ヤスさんって。安本さんのことだったんですね」

まっすぐに目を合わせて、言う。

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