泣き顔の白猫

高校時代によく行った本屋は建物ごとなくなっていたし、車がすれ違えなかった細い道は広くなって信号機が立っていたし、だだっ広い空き地だった場所にはパチンコ店が建っていた。
いつも太ったビーグルが寝ていた犬小屋は空になって、覚えている限りでも十一件の家が空き地になって、代わりにコンビニと弁当屋が増えた。


そんな見慣れない景色を見ながら、こんなところでたった一人で、どうやって生きていったらいいの、という投げやりな絶望感が、鬱陶しく首をもたげ始めたのだ。

自分のことを、誰も知らない場所へ行きたい。
五年の間、そう思ったことは数知れなくあった。

しかしいざ戻ってみると、今の館町は、そんな条件を満たしすぎていた。


誰も名波のことを知らない。
名波でさえここを知らない。


今になって考えれば、あの無気力は、とても子供染みた感情だった。
淋しかったのだと思う。

かつて唯一心を許せた母親は、自分を待ちながら死んでしまった。
脳梗塞だった。
誰のせいでもない。
誰を責めることも許されないということが、余計にやるせない。


名波にはもう、誰もいなかった。

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