泣き顔の白猫


「ここで、突き落とされた」

路上や防波堤が血だらけなのに反して、テトラポットには、松前佳奈子がそこから転落した物証はなにも残されていなかった。

つまり、テトラポットには一度も当たらずに海に落ちたということだ。
相当強い力で突き飛ばさなければ、そうはならないだろう。

「逃げる被害者を追って、また暴力を加えたってことだ。明らかな殺意がある」
「あ、えぇ……そうですね」

加原の頭は働いてはいたが、昨日の夜中に見かけた、名波のことばかり考えていた。

時刻は十二時過ぎ。
松前佳奈子の遺体が発見された湾の方向へ向かっていた。

加原が考えていたのは、最悪のシナリオだった。

(もしかして……名波ちゃんが)

話が飛躍していることは自覚しているが、名波が無関係とはどうしても思えないのだ。

五年前の事件の関係者が、次々に殺されている。
次に狙われるのは唯一残った名波か、あるいは、彼女自身が五人を――。

(いや、まさか……)

頭を振る。
そう考えるのはまだ早い。
まずは他に調べなければいけないことがあるはずだ。

(……五年前の事件、か……)

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