座りの悪い盆(信州シリーズ1)

一気飲み

「マドラーは?と」

清二がしゃがんで下の引き出しを開けている。
この隙に亜紀は冷蔵庫の陰からすっと横切って
廊下へ出る。

この時思わず盆に指が触れた。
盆は半回転して止まる。
清二、コップにマドラーを入れ・

「よくかきまわして、と」
かき回しながら盆を持ってくる。
盆をテーブルの上に置き、

「こうやって一気に飲むとうまい」
と言って乾杯もせずに、清二は一気に飲み干した。

その頃居間では、床の間を背にヨネが正座していた。
春子が居ずまいを正して深々とお辞儀をしている。

「この間は本当にご迷惑をおかけしました」
ヨネはふんという顔つきで、
「どういたしまして」

その時奥で騒がしい物音がした。
計画通りだ。ここで清二、

「兄貴が倒れた!」
の大声が聞こえる、はずだったのに。

清一の大声で、
「清二、どうした?!」

あわただしい足音が廊下から玄関へ、
そのまま車が急発進して出て行った。

清一が後を追い、庭先で、
「清二ーっ!」

遠ざかる車。清一が呆然と立ち尽くしている。
ヨネと春子が歩み寄る。パジャマ姿の
ヨシと小百合と亜紀が飛び出してくる。

「缶チューハイを一気飲みして急に駆け出して
行ったんだ。仲直りの乾杯もしないうちに。
何がなんだか分からない?」

春子の顔色が急変した。
「あんた?」
春子が走り出そうとする。

清一が乗用車に走りより、
「春子さん!この車に乗って。皆は家で待っててくれ。
追いかけてくる」

そう言って清一は、ポンコツの車を急発進させた。
国道148号線を大町方面へと疾走する。

春子の顔は引きつっている。
神城に清二は戻っていなかった。
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