平穏な愛の落ち着く場所

9.


崇はどうしても外せないランチミーティングを除いて、週に一度は千紗と食事ができるよう、昼のスケジュールを秘書に組み直させた。


自分のものに出来なくても、彼女の側にいたい気持ちを抑えることはできない。


彼女がまた誰かを……


俺以外の誰かを愛するまでは……


くそっ、それを考えるだけで
胸に鋭い痛みが突き刺さる。


今はこれくらい許されるだろう?


惚れた欲目でなくとも、千紗の作るものは
美味しいと思っている。


だが、


『千紗、言いたくはないんだが……』


持ち上げたスプーンを下ろして、崇はすまなさそうに彼女を見た。


『なに?』

『俺の思っていたのと違う味付けだな』

『えっ?!』


スプーンを持ったままぼんやりしていた千紗は、一口 口に運んで慌てて水を飲んだ。


『やだ!ごめんなさい!!』


オムライスがしょっぱくて辛い!

たぶんトマトソースを作るときに塩と砂糖を間違えたし、隠し味のつもりで入れるタバスコだけど、今日は何回振り入れたか思い出せない。


彼のお皿を見ると、半分以上が減っていた。


『どうしてもっと早く言ってくれなかったの
 そんな無理してくれなくていいのに……』


千紗は立ち上がって、もう一度ごめんなさいと謝った。


『何があった?』

『なにも』


首を振って皿を片付けようとする彼女を
崇は無理矢理 椅子に座らせる。


『何もないわけないだろ?まさか!また
 あの男が来たのか?』


何をされた!と頬を包み込む大きな手に
自分の手を重ねて、千紗は無理に笑顔を作った。


『私は大丈夫よ、何もされてないわ
 違うの、紗綾をね……今週末あの娘を
 野口の家に行かせる事になったの』

『はあ?!』

『さっき南原さんがきて……』

『南原?』

『野口の家の顧問弁護士さん』

『弁護士が何て?』


千紗は野口家に戻って欲しいと言われた件を
除いて、簡単に南原さんとのやり取りを説明した。


あの家に戻るつもりはない

その事だけは頭の中ではっきりとしている



『ダメだ!行かせるな!』

そんなの、私だって行かせたくないわよ


『でも、義母にも紗綾に会う権利はあるわ』

食事を作っているときに何度も自分に言い聞かせた言葉を口に出す。


『そんなもんあるか!例えあっても
 あの娘が会いたいわけないだろ』


千紗は今日ここへきて初めて微笑んだ。


『義母は紗綾をとても可愛がっていたのよ
 紗綾も義母には会いたいかも知れないわ
 どちらにせよ、拒否権はないの』

そう、拒否したらもっと悪いことになる


『あるさ!俺が拒否してやる!』

崇はイライラすると手近のものを投げる癖があるのを知っている千紗は、スプーンをそっと遠ざけた。

ここから投げたら、クインに当たってしまいそうだもの。

千紗は立ち上がって、尻尾を振るクインを抱き上げた。


『私よりあなたの方がずっと行かせたくな
 いみたい』


お気に入りのドーナツ型のおもちゃと一緒にゲージに入れてやる。


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