平穏な愛の落ち着く場所


『……野口さん?』

躊躇いがちな呼び掛けに、びくっと
笑みを引っ込めた。

慌てて涙を拭った。

『はい?』

恐る恐る振り返るとそこには、
土木建築の佐々木が心配そうな顔で
立っていた。

『あ、あの大丈夫ですか?』

泣き笑いしていた千紗の様子に
驚いたとしても、彼はそれを上手く
隠してくれている。

『えっと……』

『加嶋専務とは知り合いだったんですか?』

ああ、そうだったわ。
崇さんに無理矢理連れて行かれたんだった。

ここから職場に戻るまでに会う人皆に
この質問を繰り返しされるのだと思うと
千紗の気が重くなった。

崇さんとの関係は……
古い友人?知り合い?
どう言っていいのかわからないけれど、
恋人だった、だけは言わない方がいい。

彼に憧れている女子社員はたくさんいるし、
中には本気で狙っている子もいるはずだわ。

無口な所がクールで素敵って、秘書課の
女の子達が騒いでいたもの。

クールですって……

千紗はさっきの唖然とした顔を思いだし
つい笑いそうになった。

『ええ、大丈夫です。
 専務さんは何か勘違いされた
 ようなんです』

これが一番、無難な答えよね。

『そうでしたか』

『ええ』

何となく釈然としないが、この場は納得
しておこう、という佐々木の顔に
苦笑いする。
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