平穏な愛の落ち着く場所


『紗綾はお隣さんに預かってもらいました。
 一体、何の御用ですか?』

『そんなツンツンするなって。
 落ち着けよ、今日はいい話がある』

嫌な予感がした。

この人はいつもこんな風に魅力的な顔で
恐ろしい事を告げていた。

ー千紗、事務局長がこの交際費は落ちない
 って言うんだ。

始めはそれだった。
渡される付けの請求書の枚数が増える前に
止めさせるべきだった。
ううん、それが出来たらこんな事には
なっていなかった。

あの訴訟がなければ……
私はまだあそこにいて、実家に頭を下げて
この人の付けを工面していただろう。

思い出したくない過去が、千紗の心に
薄い靄のように立ち込めてきた。

『ちょっと外へ出よう』

『そんなに時間はないの』

『ならば車で』

狭い路地に駐車されている車を見て
千紗は拳を握った。
私の車を売って買ったのとは違う。

助手席に乗り込んで先を促した。

『いい話?』

『ああ。こんないい話が向こうからやって
 来るなんて、まだまだ俺の人生も
 捨てたもんじゃない』

『何ですか?』

『再婚するんだ』

『はっ?』

『相手は何と四方山物産のお嬢さんだ』

『……そうですか』

『何だ、やっぱり俺に未練でもあるのか?』

『まさか!』

『ふんっ!かわいくない女だ。
 ならば、問題はないな』

『ええ』

『紗綾の養育費も、もういいだろ?』

『はい……えっ!!』

『再婚相手に変な気を使わせたく
 ないんだよ、わかるだろ?』

嘘でしょ?!
何をわかれって言うの?
養育費を払う以外で、あなたがあの娘に
対する父親らしいことの何ができるの?


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