平穏な愛の落ち着く場所

7.



翌朝、崇はリビングから聞こえる
揉める声で目が覚めた。

『いやだ』

『紗綾、わがまま言わないで』

ベッドから起き上がり、適当な服を着ると
のろのろと寝室を出た。

『どうした?』

目をこすりながら、二人のいる側に
あるソファーに座った。

『何を揉めている?』

『急がないと遅刻してしまうの』

『遅刻?』

『仕事に行かないと』

眠気が一気に吹き飛んだ。

『ほう?今日は土曜だが?』

崇の瞳が危険な光をみせたが
千紗はそれには気づかない。

『あなたはお休みでも私は違うの』

言いながら、紗綾に保育園の制服の上着を
着せようとしている。

なんだと!
日曜は仕事をしていないと聞いたが、
土曜の仕事は辞めてないのか!

『いや!ほいくえんいかない!だって
 おようふくきのうといっしょだもん』

千紗のこめかみの辺りがピクピクしている

『さあや、今日は我慢して。お家に戻る
 時間がないの、遅れたらあいちゃんに
 迷惑かけちゃうわ。ほら、ママも昨日と
 一緒よ、ね?紗綾は髪型が違うじゃない
 ほら、ゴムだって』

千紗は予備でもっていた、ウサギのついた
ゴムを見せた。

紗綾は口をへの字にして、渋々うなずいて
髪を結ばせた。


『鞄取ってくるから、先に靴を履いていて』

『おいっ!』

立ち上がって呼び止める俺を無視して、
千紗は客室へ消えた。

『たかしおじさん、またクインに会いに
 きてもいい?』

片足に巻き付いて見上げてきた紗綾の口は
への字のままだ。

『もちろんだ』

不安げなクインが、紗綾の側でクンクン鳴いている。

『いいこにしてね』

紗綾は仔犬を抱きしめてから、玄関へ
向かいだした。


待て!待て待て!!

話し合わなければならない事が、
山のようにあるだろうが?!

このまま勝手に帰らせてたまるか!


崇は紗綾を捕まえた。

『玄関にはいかないで、ここでクインと
 待ってろ、ママと話がある』

部屋に向かいかけた背中に、小さな声が
不安そうに言った。

『ままをしかるの?』

ピタリと足が止まる。

叱るつもりはなかったが、なぜそこまで
働かなければならない理由を言わせるまで
場合によっては、怒鳴っていたかもしれない

『このまえきたおとうさまは、さあやに
 ひとりでおうちでまってなさい、
 っていったの。
 でも、さあやはあーちゃんちに
 いったよ、そしたら、ままはないて
 かえってきた、ままをなかせないで』

『やろー』

崇は小声で悪態をつき、紗綾の前に行くと
膝をついて優しく頭を撫でることで
自分の気を静めた。

いいだろう

よくわかった

やるべきことのリストの最重要事項は
野口元を地獄へ送ることだ。


『俺はママを泣かせたりしない』

紗綾は崇の顔をじっと見て、うなずいた。


『紗綾?何してるの?行くわよ!』


荷物を持った千紗が部屋から戻ってきた。

『送っていこう』

『やめて、これ以上甘える訳にいかないわ  お休みなんだし、ゆっくりして』

二人の間に、何事もなかったような態度の
彼女に崇はポカンとする。

『はあ?』

甘える訳にいかないとは、どういう意味だ?

『紗綾、崇おじさんにサヨナラして』

『たかしおじさん、ばいばい、またね』

つい反射的に手をあげてしまい
イラッとしてその手を下げた。

『千紗!』

玄関に行きかけた千紗は、短くため息を
つく。

紗綾に先に行って靴を履くように促すと
クインがテトテトとついていった。


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