平穏な愛の落ち着く場所

2.


住宅街の静かな通りに、一見それとは
わかりにくい小さなカフェがある。

愛ちゃんの彼氏のこの店ーroot88ーは
平日は常連さんでにぎわっているが、
場所柄か土日はあまりお客さんが来ない。

その土日を任されていた役者志望の
劇団員の男の子が
[ハリウットが俺を呼んでいる!]
と突然アメリカに行ってしまったのが
二週間前のこと。

そこで土曜だけでもいいよと、仕事を探していた千紗に愛ちゃんが紹介してくれた。

店長は栄養士、調理師の他に衛生管理や食品衛生責任者の資格を持つ千紗に安心して、
土曜は昼間、愛ちゃんとデートするようになった。

今日もこの時間は千紗一人。
もう少しすると高校生の男の子が来る。

最近、近所の人や常連客の間でこの店の
スイーツは評判になりつつある。

『さあ、白状しなさいよ!』

明光渚《あきみつなぎさ》は、
チョコレートケーキを口に運んだフォークを
千紗の方へ突きつけた。

『な、なにを?』

カウンターに座る渚に、千紗は詰め寄られていた。

『渚、航希《こうき》くんは?』

わかっていて、話を反らす為にベビーカーを探すふりをした。

『今日は珍しく海斗《かいと》が休みなの、
 息子と、冴子んちの色男と男同士の
 なんかがあるそうよ』

ショートカットの髪を掻き上げながら
渚はコーヒーを飲んだ。

明光渚、彼女は料理教室の講師をしていて
夫は雑誌の編集者。
何を隠そう、評判のスイーツは渚のものだ。

大学で知り合って以来、冴子と共に無二の親友の渚。
離婚を冴子から聞きとんできた彼女は、泣きながらグーで私の頭を叩いた。

崇さんと別れて野口と結婚すると報告した時も、渚はげんこつだった。
その手が白くなるほど強く握りしめられていたのを私は忘れない。


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