B - Half
 ふわりと、誰かが路地裏をのぞき込む気配。

「コウヤくん? 海樹?」

 なにも知らない、ほんの五分前と同じ、甘い穂波の声。

 俺は、振り返れなかった。

 『あなたに会いに、ここに来たんです』

 穂波の言葉に、嘘はなかった。ただ、ほんの少し黙っていただけ。

 だけど、理屈とは別に、俺のなかでは圧縮した感情がいまにも破裂しそうで、こらえられなかった。

 彼女の顔を見たら、自分がなにをするかわからなくて。

「コウヤくん!?」

 のばされた穂波の手が、俺にふれるよりも早く。

 お仕着せのタブリエをかなぐり捨て、俺は路地裏から駆け出した。
< 94 / 218 >

この作品をシェア

pagetop