ベイビー&ベイビー




 なんていったらいいのかわからない。

 まさか、明日香の口からそんな言葉が出るなんて思ってもいなかった。
 俺がこの5年間で見てきた明日香は、こんなことを口走る子ではない。
 プライベートはあんまり知らなかったが、明日香自身が持っている雰囲気を見ても、こんなふうに遊びと割り切って男と付き合う子じゃないと思う。

 社内にだって彼女のことをよく思っている男が多数いることは知っている。
 アプローチだって何回もされているところを目撃している。
 そのたびに、柔らかく笑って断っている姿を見てきている。

 ありえない。
 明日香のこの態度。

 明日香自身も、どうも言いなれていないようで、態度がなんだかしどろもどろだ。
 それを感じて、少しだけ安心する。

 彼女が。
 癒し系の明日香が、男を手玉にとって遊んでいるなんて思いたくもなかったから。
 
 明日香からは、なんだか切羽詰ったような感情を感じる。
 顔が、いつもの朗らかさとは打って変わって、必死そのものだったから。
 


「私にとって最後の賭けみたいなものなんだ」

「賭け?」


 意味がわからず俺が首を傾げていると、困ったように笑顔で首を振る明日香。
 そして、思いつめたような表情を浮かべた。


「笹原明日香、一生で一度、最後のお願い」

「明日香……ちゃん?」

「私を抱いて?拓海くん」


 そういって明日香は、俺に近づき背後から抱きしめてきた。


「お願いだから拒絶しないで」

「明日香ちゃん」

「セフレだと思ってくれてかまわない。今夜だけでいいの。お願い」


 その声はいつもの穏やかで朗らかな、ほんわかした口調とはかけ離れていた。

 ベビーフェイスで、マスコット的存在の笹原明日香の艶めいた声に、俺は体中が熱くなるのがわかった。




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