ベイビー&ベイビー



「笑えないよ、明日香ちゃん」

「……拓海……くん?」


 涙でいっぱいのその瞳を俺に向ける明日香。
 その涙をそっと手を伸ばして触れた。

 驚いたように明日香は瞳を閉じた。
 俺は涙が止まるまで、指に絡めてゆく。

 涙で濡れた頬を両手で包み込み、明日香の顔を覗き込んだ。
 驚いた顔の明日香。

 そんな彼女を見て、俺は一生言うつもりがなかった言葉を言おうとしていた。
 

「明日香ちゃんが隣にいなければ、俺は笑えないよ」

「拓海くん」

「心から笑うことなんて……出来なかった」


 そっと明日香の頬から手を離す。
 俺の中で警戒音が鳴り響く。

 駄目だ。
 これ以上は、もう。

 理性をぐっと押し込めて、まだ涙が零れる明日香の瞳から視線を逸らした。

 そんな俺に向かって、明日香はまっすぐに言葉を投げつけた。


「私も心から笑えないよ。拓海くんが傍にいないんだもん」

「明日香ちゃん」

「私、拓海くんの傍にいたいよ」

「……」

「どうしても我慢できなくて、ロスまで飛んできたのはいいけど、拓海くんに会いに行く勇気がもてなかった。でも同じロスにいれば、いつかきっとって願ってた」


 逸らした視線を明日香に再び戻すと、そこには真っ赤になった瞳が俺をまっすぐな視線で見つめていた。
 俺は、その視線を見て再び視線を逸らした。


「駄目だ」

「なんで? 私のこと嫌い?」

「違う、そうじゃないんだ」

「拓海くん?」

「俺じゃあ、明日香ちゃんのことを幸せに出来ない」


 俺が吐き捨てるように言うと、明日香は冷静な顔で視線を逸らした俺の顔をグイッと引っ張った。
 驚いて明日香を見ると、怒ったように眉間に皺をよせていた。


「幸せってなに? 幸せかどうかなんて私が自分で決めることだよ。拓海くんが決めることじゃないよ」


 そう言い切る明日香がうらやましかった。
 そのどこまでも澄んだ瞳。
 まっすぐさは俺にはないものだ。

 しかし、俺は明日香を突き放さなくてはならない。

 明日香が好きだから。
 だからこそだ。

 あの時の早苗のようにはさせない。
 明日香だけは。

 絶対に。


「俺の家が……明日香ちゃんを苦しめることになる。明日香ちゃんは俺のバックのこと知らずに好きになってくれていたんだろ?」

「拓海くん?」

「だから駄目だ。俺は明日香ちゃんには笑っていてほしいって言っただろ?笑顔でいるためには、沢の家に近づかないほうがいい」


 今の俺の顔は、苦渋に染まっていることだろう。
 
 俺は明日香の手を振りほどいた。
 が、明日香はそんな俺にかまわず、再び俺の顔をグイッと引っ張った




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