ベイビー&ベイビー




「俺を再び引き上げてくれたのは、紛れもなく明日香ちゃん。君だよ」と。

 そういう拓海くんは、幼い頃の拓海くんの屈託ない笑顔だった。
 それを見たとき、なんだかちょっと誇らしく思った。
 少しだけ、拓海くんの過去の女の人に勝てた、そんな気がして。

 まったく。
 自分であきれてしまう。
 どれだけ拓海くんのことが好きなんだろう。

 過去の女の人に嫉妬して。
 過去の拓海くんの傷に嫉妬して。

 セフレだった真理子さんにも嫉妬して。

 実は拓海くんには内緒だけど、拓海くんとさよならした翌日。彼女に会っているのだ。
 

 突然、私の前に現れた真理子さん。
 あれは、そう。
 九重のおじいちゃんに突然呼び出されてホテルのカフェテラスで、お茶をして待っているときだった。
 
 颯爽と真理子さんが私の前に現れた。 


「ちょっと時間、いいかしら?」


 困惑している私を見て、真理子さんは笑った。綺麗に引かれたルージュで、その笑みはとても魅力的に見えた。


「九重さんにあなたを呼んでもらったのは私なの。だから、九重さんはここにはいらっしゃらないわ」

 
 なんとなく納得した。
 こんな平日の真昼間。
 九重のおじいちゃんは忙しいはずなのに、と不思議には思っていたのだ。
 なるほどと思わず目の前の真理子をみて納得した私。

 そこで真理子さんが突然言い出したのだ。


「拓海を貰ってもいいかしら?」と。
 あんまりに突然の発言に言葉を失っている私に、真理子は面白そうに笑った。


「だって、あなた結婚するんでしょ? 木ノ下涼太郎と」



 確かにそうだ。
 私はもうすぐで涼さんと結婚することが決まっている。
 家同士で話もまとまっているのだ。
 あと少しすれば、私は涼さんと結婚する。

 そのために会社もやめた。
 拓海くんとも、私の恋心ともさよならした。

 あとは涼さんと結婚するだけ。
 だけど……。
 私は昨日の拓海のあの辛そうな笑顔が頭から離れないでいた。
 もう、私はあきらめたはず。
 拓海くんのことは諦めて、涼さんとの未来を歩き出した。
 もう後戻りなんて出来ない。

 だけど、私は真理子さんの言葉にありえないぐらいに動揺していた。


 
「ロスに追いかけるつもりなの。いいわよね?」



 何も言わない私に、真理子さんは真剣な顔をして言った。


「今、決断しないと本当に後悔するわよ」


 それだけ言うと真理子さんは立ち去っていった。
 動けなかったのは私だ。

 何も言うことも出来なかった。
 真理子さんの台詞と、拓海くんの悲しい笑顔。
 ずっと頭にこびりついていて、どうしても拭えなかった。

 もう一歩も進めない。
 そう思ったときだった。
 涼さんから婚約を解消しようと言われたのは。





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