秘書の私、医者の彼

好きと言って



 腕枕をされたまま、背後から抱きしめられる。それだけで満足。

 なので一緒に布団に入り始めてから毎日のように体温を感じているが、その先には進んでいない。

その先に進みたいという気持ちが斉藤の中にあるということは理解している。

何度か、密着度が異様に増したり、撫で方に熱を帯びていたりということがあった。

だけどはっきり言って、まだ一緒に寝るしかできていない状態で身体を許してしまうと、それだけの関係になってしまうのではないかという不安があった。

 斉藤は休みの日でも医学書を読んでいて、外に出ることもゆっくり会話することも少ない。

 今の、付き合っているとも言い難い状況で身体を許すのは、関係を悪化させるだけかもしれないと心配だった。

 内心は、これだけ恰好良くて誰もが羨む医者なら身体だけでも構わないという強い憧れの気持ちもある。

 だけど、それをしてしまったら最後のような気がして、それならば今の状態をキープしておく方がずっと良いような気がして、唇が触れそうなこともあったが身を引いてしまい結局キスもお預けのままだ。

「今日病院で榊と随分話込んでいたようだな。クライアントのことか?」

斉藤も斉藤で日に増して遠慮が減ってきている。今日は、若干嫉妬心が混じったような吐息を首元にかけられ、身体中が蕩けてしまうように目がうっとりとしてしまう。

「うん……社長がどうしても会いたい人がいて、その人が榊先生の知り合いみたいで。連絡とってもらうようにお願いしてたの」

「女?」

「うん、ややこしいけど別の社長の元彼女で、手術が終わった時にその人の顔が見たいんだって」

「榊の奴、女には見境ないからな。手広いんだろう」

「えっ!?」

 河野はあのクールで冷たい印象の榊がそういう風には全く見えなかったので、驚いて身体を捻った。

「榊先生、そういうタイプなの?」

 顔を見て尋ねる。

「少なくとも、院内ではそういうイメージだ」

「えっ、ナースを一人ずつ……みたいな?」

「来る者拒まずと言えばよく聞こえるか」

「それ、よく聞こえる?」

 河野は笑いながら、自ら頭に敷いている右腕のその先の指に自らの左指を絡ませた。

「でも、あなたも言われない? 」

「あなた? それも悪くないが、俺の名前を忘れたか?」

 呼ぶのが恥ずかしくて、あえて普段は使わない「あなた」という単語を使ったせいで余計恥ずかしくなる。

 斉藤の左手は優しく肩をさすり、逆らう気など到底起きない。

「慶、介、さん……」

「そんなに恥ずかしがるようなことか?」

 声は低く、耳の中に全て息が注ぎ込まれるよう。

「え、あの、だって……」

 あれ、どうしよう。今日はいつもより身体を密着させ、硬い胸に背中がぴったりとくっついている。

「坂野崎という医者がいてな。榊の周りには美人が集まると羨んでいたぞ」

「えっ……」

 それって、私のこと!?

 唇に指が触れる。

「あと、あんな美人秘書なら隣に欲しいと嘆いてもいたかな」

 唇をなぞられ、身体の奥が熱くなる。

「へぇ……」

「聞いてるか?」

 突然右手首を大きな右掌で捕まれ、ドキッとする。

 更に左手で左肩もつかまれ、身体を少し後ろに反らされた。

「不安にならないか? 」

「えっ?」

 何のことか分からなかったので、ただ斉藤の言葉を待つ。

「ただ一緒に寝るだけで。自分のことを忘れてはいないかと、亜美は不安にならないか?」

「えっ、あっ……えっと……」

 身体を更に逸らされる。すると、胸が大きく上を向き、布団で先が擦れた。

「いや、あの、不安……とか……」

肩を掴んでいる手に、自らの手を重ねる。そうしていないと身体がどんどん熱くなっていってしまいそうで怖かった。

「いや、あの……」

 怖くなって身体を捻ろうとしたが、右手を離してくれない。

「この前の休み、どこへも連れて行ってやらなかったのを怒ってるのか?」

「えっ!?」

 確かに、金と時間を使って発言からそれらしいことは何もしてもらっていないが、だからといって……。

「悪かったな……」

「いっ、いえっ!! 行きたいところもなかったし!! 忙しそうだったし……」

「だからといってはなんだが」

「……」

 なんだが、すごく右手に力が入っている。

 左肩にも、まるでしがみつくようにぴったり身体を引っ付けてくる。

「身体だけでも良いところに連れてってやろうか?」

 えっ、ええー!!???

 今日はまた随分と乗り気なようだが、嫌とも言い難いし、かといってこの状態では流すこともできない。

「…………」

 返す言葉も見当たらない。

「…………、冗談だ。そんなに硬くなるな」

 気付けば左手で思い切り斉藤の手をつかんでいた。

でも、ビックリするでしょ!! そんな卑猥な言葉を遣うなんて、思いもしないでしょ!!

「……ちょっと……トイレ……」

 小さく言うなり、そっと身体を離してベッドから出て行ってしまう。

 パタンとドアが閉まってからも、河野は一点を見たまま先ほどの自分の言葉を思い返していた。

 そのまますんなり受け入れた方が良かっただろうか、引き延ばす意味なんてあるのだろうか。

 でも別に引き延ばしたかったわけじゃないし、嫌いじゃないし。

 じゃなくてどうせなら、好きとかいう言葉があった方が……そう、そういう言葉を聞いてないから踏み切れなくて……。

 そんなことを数分考えながら斉藤を待った。

 だが彼はしばらく待っても、トイレから戻っては来なかった。
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