秘書の私、医者の彼

スイートルーム


「…………」

 素直だな……。

 附和薫は久しぶりに、これほどまでに自然で素直な社員を見た気がした。

 まあ、仕方ない。たいていの社員は社長に従順なのが当然で、イエスマン以外ははじかれると思い込んでいるのだろうが、いつも社長室の周囲に置いている者は革命者とでも言おうか、内乱者とでも言おうか、とにかく、言うことを聞かない連中ばかりだからだ。

 先日、寿退社したということにした秘書は、少し度が過ぎて、強引に俺の上に乗っかりそうになっていたので社風に合わないと考えて首を切ったが、後の2人は、俺を素直でいさせてくれる。

 ただ、言うことを聞かなくて、口答えし、面倒なこともあるが。

 それで今回は、河野 亜美を採用したのであった。

 第一は美人だったから、秘書に向いている。

 その理由が一押しだった。入社式の日、檀上からでもその人目を引く、白い肌に乗る大きなぱっちりとした瞳と、自然な赤い唇にどれほど惹きつけられたか、まさか、本人に言う日は来ないだろうが……。

第二に、よく聞けば真面目一筋ということで、今回は無難な社員を選んだ、というところか。

いや、ルームシェアの相手が男であると知って、先を越される前に少し手を打っておこうと思ったのか……。

 ただいずれにせよ、だらだら言い訳を並べても、こうやって酔い潰れた姿をじっと見つめてしまえば、少し悪戯して、囲ってしまおうかという気が起きるほどに、好みのタイプだったということは間違いなかった。

 附和は、静かに溜息をついて、上着を脱ぐ。

料亭で良い潰した河野をスイートルームのベッドルームまで運び入れ、その乱れて寝息を立てる姿をただただ飽きることもなく見つめた後、欲もなく眠ることに決めた瞬間だった。

「…………」

 あまり、心を入れ過ぎては、いけない……。

 仕事にならなくなる。

 そう思っているのに、今回秘書になど命じてしまった自分を少し恥じながら、附和はその身体に触れることもなく、ただ少し距離を置いて、寝そべって同じ空気を吸ってみたのだった。
 
 もちろん、それだけで済ませたいという望みよりも、私欲の願望の方が大きく、ただで帰すはずもないのだが。

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