ふたつの背中を抱きしめた



その日、柊くんは私と一言も口をきかなかった。


業務連絡さえも他の人を経由して伝えられた。


柊くんの心の扉は、固く固く閉ざされた。

もう私の謝罪も言い訳も、きっと彼の耳には届かない。


あからさまに私を避ける柊くんを見て、リエさんが

「喧嘩したの?」

と聞いてきた。

「最近、2人仲いいかと思ってたけど。まあ、柊くん気まぐれだしね。」

そうフォローしてくれたリエさんが、なんだか少し嬉しそうに見えたのはあまりに穿っているだろうか。



仕事が終わって、迎えに来てくれた綜司さんの車に乗り込み出発する瞬間
園庭に立つ柊くんの姿が見えた。

夕暮れの園庭で、柊くんはこちらを向いて立っていた。

車の中の私と、目が合った気がした。

深い深い黒の瞳と、刹那、視線が絡まった気がした。



「真陽?」



運転席の綜司さんに声を掛けられて

私は自分が泣いてる事に気が付いた。


あの時、二度と振り返らなかった傷だらけの猫が

数日後に茂みの隅で冷たくなってるのを見つけたのを思い出して

私は、泣いていた。



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