夢でいいから~25歳差の物語
わたしはふらふらとトイレに行った。


別に、トイレに行こうという意識はない。


ただ頭が勝手に働いていて、視界はあいまいだった。


誰もいなくて薄暗い空間に着くと、鏡を見る。


そこには、まるで長い戦いを終えた戦士のような顔をしている女性が映っていた。


自分では顔に出していたつもりではなかったのに、なんだか心まで鏡に見透かされてしまった気分だ。


わたしは鏡からぱっと目をそらす。


鏡は生物ではない。


しかし、今のわたしの心の中を悟られてしまったような気がしたのだ。


わたし達は義理の親子。


それなのに、皐示さんに抱きしめられた時のときめきが、腕の感触が、匂いが、真剣でどこか切なげなまなざしが頭から離れない。


ごめん。


流星、ごめんね。


皐示さんはあなたの夫なのにわたし、彼を好きという気持ちが戻ってきちゃった。


抱きしめられた瞬間、ずっと封印していた気持ちが解き放たれてしまったみたい。


自分の幸せよりあなたの幸せを願っているのに。


入院1日目、流星に偉そうに「あなたが望む幸せは何?」だなんて言っていたくせに今、自分の幸せを考えている自分がいる。


ねぇ、情けない母親ねって笑ってくれる?


そうでもしてもらわないと、きっとこの夢から出られない。


希望を抱いてしまう。


「せめて夢でいいから」なんて思ってしまうの。
< 107 / 369 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop