無口な彼のカタルシス
『彼』は全身泥だらけ。しばらくの間、河川敷にクタッと仰向けで横たわっていた。



やがて、ムックリと半身を起こし、難儀そうに立ち上がる。


自分の周囲360度を一通り見回した後、覚束ない足取りで数歩移動して足を止めた。



ゆったりと身体を折って『彼』が拾ったのは、殴られた衝撃で落としてしまったタバコ。

けれどそれを元通り胸ポケットにしまってもまだ、キョロキョロと辺りを見回し続けた。



やがて『彼』が視線を上げ、堤防の上のわたしをその視界に入れた。



(探し物はこれですか?)



手にしていた半紙を、両手で両端を掴んで、『彼』に見えるように胸の前に突き出した。




そしたら『彼』は、もの凄い勢いで、芝の短く生えた急斜面を登って来た。


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