鬼滅羅〈キメラ〉
「聞こえなかった?阿部を、殺してちょうだい」

喜兵衛は、控えめに嫌そうな顔をした。

「二人目も似たようなものじゃない。いいわね?」

私が新しく煙草を取り出すと、喜兵衛は激しくうろたえた。

「や…やる……よ……」

「ふふ。いい子ね」

私は喜兵衛の唇に人差し指をあてて、女狐のように微笑んだ。

「私がこの近辺に潜んでいることはあいつに知れてしまった。近々、コンタクトがあるわ。あんたは、あんたの組の人間、めいっぱい集めてきて。やつらも力ずくで来るわ」

私が桐山を殺したことで、黒龍組では内部抗争が激化し、最終的に阿部が新たな元締めとなった。彼は組の力によって、私を手に入れるつもりらしい。

しかし、私は喜兵衛を通じて浅井組の支援を得ることに成功した。喜兵衛は浅井組の後継者なのである。
浅井組のやつらも、私を奪い合うことを口実に、弱体化した黒龍組を支配下に置きたいようだ。

愚かな男ども。

盲目に、暴力を行使することしかできない。

そんな彼らも、すべて私のもの。

黒龍組にも浅井組にも、私を手に入れることはできない。

全部、ぜんぶ。

私がこの手で操ってやる。

まずは、黒龍組を潰す。



夜空は白み、鳥の飛ぶ影がちらつきはじめた。

駅の入り口に着いたので、後ろを振り返ってみると、喜兵衛はまだ、こちらをぼんやりと見ていた。

あの男の巨躯は、遠目でもはっきり分かる。

私は改札へと踵を返した。自分の足音だけが響いていた。
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