阿修羅
プロローグ
どのくらい時間が経ったでしょう。
ぱた、と水滴が跳ねて、広い洞に響きわたりました。
背に触れる岩肌はじっとりと冷たく、私たちの体温を奪います。

「兄様」

私は、傍らに寄り添う彼の右腕にすがりました。

「ごめんなさい」

かつての逞しかった肩も腕も、今は力なく、彼が息を吸うたびに、横隔膜の痙攣するのが伝わってきます。

ああ。
私なのね。
兄様をこんなにも、苦しめてしまったのは。

「朝子」

兄は、震える手で私の肩を抱いてくれました。
そして、私の頭に頬を寄せて、「僕が、なんとかしてあげるからね」と微笑んだのです。

ああ。

兄様。

兄様。

兄様。
兄様。
兄様。

もう立っていることすら出来なくなった兄様。
額には汗がにじみ、それなのに異常に体温が低い。

私は、いっそう強く、兄の腕を抱きしめました。
彼は最期の力を振り絞り、それに応えてくれました。

私たちは、ただこの洞窟でひっそりと寄り添い、裁きの時を待つよりほかはないのです。



ああ。
朝が、来る。
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