エゴイスト・マージ

「いや、あの、その、はははは」

今の状況は言い訳ができない。
まさに怪しさ全開。

「で、何ソレ」

「あ。つ、蔦さんに頼まれて
持ってきたんです、それだけです」

で、その後、先生に見惚れてて
突っ立ってたんです、とは流石に言えないけど。

「ふーん」

久々に、先生を見た気がする。
裄埜君の告白以来、まともにこうやって
話すこともなかった。

「蔦さん、先生の事を心配してるんですね」

はぁ?と興味なさ気に頭をかく。

「蔦に何を吹き込まれたかは知らんが
俺に構うな」

「…………」

蔦さんは関係ない。
私が本当はここに来たかった
先生に会いたかった。


裄埜君を好きになろうと思う自分と
先生をまだ好きだと思う自分がいる。

その迷いは罪悪感と後ろめたさを
いつも伴う。

そんな考えを持つこと自体が
許されない気がして……

こうやって先生と対面して話してると
心の中がざわめく。
体中が粟立つ感じ、
それは先生にしか湧かない感覚だった。

だからこそ、改めて

「先生が……」

やっぱり好き。

口にしそうになって、やはりというか
先生はこんなことを言う。

「裄埜とはどこまでいった?ホテルとか
制服じゃ入りにくい所あるからな」

悪意も冷やかしも無い普通のトーンで
そこにはなんら感情が乗っていないことを
指し示していた。

何だろう。

この気持ちは

悲しみ?怒り?可笑しさ?

多分全部が入り混じって
今涙が出てるんだと思う。

「何でお前が泣いてるのか、分からない」

先生は怪訝そうに私を見た。

「具合が悪いなら保健室に行け。
それ以外だったら、裄埜にでも相談しろ」

私の前を横切り、教壇の上のファイルを
見ながら、それっきり私の方を見ようともしない。


「先生……先生」

振り向いてもくれない背中。

「先生はずっとそうやって生きていくの?
誰も寄せ付けず?誰も信頼もせず?」

返事はなかった。

「……寂しくない?」

「考えたことも無い」

「本当に?周りに誰もいない、助けても
分かってくれないって悲しくない?」

「ああ」

「私は嫌……もう嫌なの」


「先生はずっとそこにいるの?」

「さぁな」

本から視線が離れる事ない。

「……私も、私もずっと暗闇を生きてきた。
私にはお母さんも、助けてくれる先生もいたけど
それでも、自分しか言えない言葉があって」

私が涙を出しながら必死に言ってるのを
先生は漸く上げた顔を不思議そうに
変えながら私を見ている。

「助けて欲しくっても、それが言えなくて
口にするのも怖くて」

「月島?」

「でも、自分が自分が変わっていかないと
何も変わらない。過去は変えれないけど
未来は変わる、変えたいの」

霞む視界の中、立ち上がった先生が
ゆっくり自分の方に近づいてくるのが
ボンヤリ分かった。

そして、先生は私に触れることは無く、
目の前で立ち止まったまま。

「お前、何を言ってるんだ?」

私は先生に自分から飛び込む。


「先生が好きです。
先生がいいの。先生じゃなきゃダメなの!!」

先生の胸元はきっと私の涙やらなんやらで
グチャグチャになってるのだろうけど
怒りもせず、頭を優しく撫でてくれた。

「月島……月島」

ゆっくり、顔を外され

ひでぇ顔だな、と先生のハンカチで
顔を拭かれた。


「俺が必要?」

「え?」

「お前が、裄埜じゃ物足りないっていうなら
俺が補ってやろうか?」

「そういう意味じゃ――」


「お前がその孤独とやらから這い出るのに
俺を利用するってことだろ?」




「利用?何……言ってるの?
言ってる意味がわかんない」

「ああ。じゃその“利用”を”好き”という
言葉に勝手に置き換えればいい」


その言い方は、先生が言わんとしてる意味と
私の意味に何ら共通点が無いことを
示唆していた。

湾曲して伝わってるとかそういうレベルじゃない。

先生は恋とか愛とかそういった類はおろか
人の感情がまるで理解できていない。



蔦さんの『難易度、高いで』
そう言われた言葉が脳裏を過る。



「そんなに良いなら俺とヤる?」

「え……」

「本来ならお子様はご遠慮したいとこだが」

「…………」

「トクベツ、だ」

先生がゆっくり近づいてくる
足が動かない。

先生の指が私の髪の毛に絡む。

間近で先生の目と合あった
それは冷たい炎を宿した瞳で、
私は瞬きすら忘れる位、引き込まれそうになった。

怖い……怖い……

「震えてるぜ、俺がどんな男か知ってるくせに。
こうなる事分かってたろ?」


耳元で聞こえた小さな声は
いつものバカにしたようなモノでは無くて、

私は倒れそうになった、体を支える為に
思わず先生のシャツを掴んでいた。

「今度は、途中で止めないから」

先生が好き。

拒みたくない。


先生が本気で私を好きなら、
我慢できる……寧ろそうなりたいと思っていた。

でも、先生は――



「お前が俺も此処から抜けさせてくれんだろ?」

表情の見えないまるで抑揚の無い口調。

その言葉は私を動けなくした。

私が望み、先生も変われるキッカケに
なるんだったら、それでいつか
心も私に向くんだったら、それで、もういいと。

そう思った。

「随分、大人しくなったな」


言葉は相変わらずぞんざいなのに
私を包むその腕は凄く優しく感じた。

怖い……だけど……

あの嫌悪感は無い。

何度も重なる唇も
私の体を滑る指先も

身体は震えるけど。


私は……私は……


「イヤ!!!!!!」


無意識に、私は先生の胸元に両手をあて
突き飛ばしていた。

一瞬だけ離れた先生に
もう一度強く引き寄せられて
キスをされた時、私は意識を手放していた。


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