エゴイスト・マージ
ああ……教師といえば、もう一人いたか。

俺達が引き取られた施設には
様々な事情で此処に集められた。
子供たちばかりで、多かれ少なかれその親達の
ご都合に宜しからぬ存在だった。

愛情に飢えているだろう子達に、何かしらの愛を
施そうとご大層な大義名分を持ってやってくる
奴らも意外に多い。

だからといって養子にしようとまで
思わないらしい所が、実にあくまで
大義名分らしいといえばらしいトコだが。

ここで教育指導目的で、
ボランティアできていた若い男は
聞けば家は金持ちで何一つ苦労をしたことが無く、
今、中学で教師をしているとのことだった。

自分の学校の生徒のへの指導だけでは飽き足らず、
わざわざこんなとこまで足を運んで説教しにくるとは
ご苦労なことだと当時思った記憶がある。

自分が恵まれてるから、施設にいる子供を憐れんで、
ほどこしをすることで自己満足をしに来ているのかと
俺達の殆どは思ってたさ。

それに付き合わされる俺達の身にもなってくれよ。
施設側の思惑に従いながら、アンタらの顔色を
覗う苦労、分んねぇだろ?

色々説教をされたが、その殆どは聞いてなくて
覚えてない。

唯一、そう唯一覚えているのが

あの言葉だ。



『君らはまだマシだよ、世の中にはもっと苦しんでる
人が大勢いるから。感謝してもっと頑張らないとね』





面白いことを言う。

この言葉にはかなり笑えた。

うっかり声を出して笑いそうになるのを
必死で我慢するとか初めての経験させて貰った。

コイツ……呼吸困難で殺すつもりか?


この男はきっと死に物狂いで
頑張ってるヤツに、更に

“頑張れ!”

と、なんの躊躇いもなく声を掛けることだろう。




言ったヤツは俺らの目の色が変わったのに
気が付くことはなかった。


此処じゃ、それ禁句な。





なぁ、マシって何だ?

辛さや苦しさに優劣があるのか

一体、世界中の誰と比較して?


他の奴の何を見て自分のほうがマシだと

判断すればいい?

当事者しか分からない絶望、苦痛、
孤独をどんな基準で測るというのか。

御託はいいから、そういうのこそ是非
ご教授頂けないものかと思うね。




存在する意味を見出せず、

何故生きているかすらも分からない。

とてつもなく長い暗闇が明け朝が来て
まだ息をしている自分に愕然としたことあるのか?

そのくせ生きるのと同じくらい死ぬのも怖い
どうしようもない自分を呪う気持ちが分かる?

愛されることも愛し方も知らない途方も無い虚無感。

拒絶、否定、誹りしかない世界を味わったことは?

……他人によって齎された一生消えない心の傷。

そんな過去を知られたくないという焦りと恐怖さえも


世界の誰かと比べれば取るに足りないことなのか?


それで自分を慰めれるとでも?

もしそうならそれは大した苦痛も

経験したことも無い本当の意味で幸せな人間だ。


劣悪な環境にいながらも真っ直ぐ育つヤツはいる
そんなヤツはごく稀だ。

そういう類の人間ですら、受けた心の錘を
無くしたわけでも、ましてや忘れたわけでもない。

……ただ押し殺してるに過ぎない、
自分で自分を崩壊させない様に。

無意識にしろ意識的にしろ
それは微妙な均衡をとりながら
必死に自己防衛してるんだ。

そうでもしなきゃ生きていけないから。

受けたことも感じたこともない立場に、
簡単に勝手に自分を置きかえれたと
勘違いできるお前たちに何が分る。



知りもしないやつ程「頑張れ」
って軽々しく言うんだよ。


自分の不幸な生い立ちなんかに酔ってないでと、
まるでそんな傷を負った奴等は
努力が足りないからだといわんばかりにな。


俺は一度たりとも自分を可哀想だとは
……思った事は無い。

他人と比較するのは無意味で
俺は俺で、誰もその比較対象になり得ないと
思ってるからだ。

教師という輩は自分のささやかな経験を基準に
教育という名の元で随分乱暴にその
価値観とやらをグイグイ押し付けてくる。

育った環境も思考もまるで違う人間をものともせず
一括りにしようと躍起だ。

実に馬鹿げていて、これ以上に
愉快な職業があるだろうか。

いや……そうだな。

これは案外面白いかもしれない。
こんな俺に教えられる生徒がいたら
さぞや滑稽だろうな。


だから、アンタのお陰で
俺は教師になることを決めたんだ。
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