エゴイスト・マージ

「5回目」


「へ?」


ジュースを持ったまま顔を上げると
机に肩肘を付いたおーちゃんが
こっちを見て笑っていた。


「雨音ちゃん、此処に来て
大きな溜息をしたの今で5回目よ」

うわっ、全然気が付かなかった。

「す、すみません」


「ああ、良いのよ、青春なんだから
色々悩みなさい。

悩むことは悪いことじゃない、
それだけ選択肢があるってことでしょう?

大人になるとそうも
言ってられなくなるから」


微笑んだ後、珍しく今度は
おーちゃんが外を見て小さな溜息を付いた。


「何かあったんですか?」


「……ううん、何もないわよ」



そうかな?

時々こうやって診療ついでに
遊びに来るけど、おーちゃんが
こんなに沈んだ顔してるの初めて
見た気がするんだけど。


病院を出て暫く歩い所で
それに気がついた。


「あーバカっ、忘れてた」


カバンを探ってチケットを取り出し
その足を病院へとUターンさせる。

今日の目的はお母さんに預かった
美術館の招待状を渡すからって
寄ったのをおーちゃんと話している
うちにすっかり忘れてしまっていた。


病院の窓口が閉まりかけてる所を
慌てて駆け込む。

「すみません、あの緒方先生は?」


「たった今帰宅されたみたい」

行き違いか……あーしまった。

明日も明後日も放課後用事あるし
招待状の期限は今週末だから
早く渡しておかないと用事入るかも。

ど、どうしよう。


「どうしたの?雨音ちゃん、
緒方先生に急用?」


そうだ、看護師さんに渡して貰えばいいか。


「あの今度――」


「あー!聞いたんでしょう?
雨音ちゃん先生と仲良いものね」


え??


「今度の日曜日の緒方先生の
お見合いの話」


「……!」


「何でも総合病院の次男坊らしくって
結婚したら婿養子になって
こっちの病院を一緒に継ぐ事になる
らしいってでしょう?」


まるで自分の結婚話のように
盛り上がってる看護師さんは
あまりに嬉々として話しているから
遮るタイミングが無くて。


おーちゃんがお見合い?結婚?



病院を出てた私は無意識に
スカートに手を入れてチケを
結局渡しそびれてしまったと
思ったけど、再びそれを渡しに行こうとは
思わなかった。



おーちゃんはどう思ってるんだろう?

学生の頃から想い続けている人がいるって
そう言ってたのに。



“大人になるとそうも
言ってられなくなるから”



これってそういう意味?



だとしたら、おーちゃん……














「やっと目を合わせてくれたね」


「え?」


「入って来て殆どこっち見ないから」


「……そんなことないから」


だって見るのが怖かった。

先生と同じ目で同じ色の裄埜君を見るのが。


「足、どんな感じなの?」


「うん、リハビリもちゃんと
頑張ってるしもしかしたら思うより
早くサッカー出来るかもしれないって
今日先生に言われたよ」


微笑むその瞳は同色で私は
なんとなくホッとしていた。


「良かった」



「それは足のこと?それとも
俺の目の色のこと?」


「足のことに決まってるのに!」


本音に違いはなかったけど
裄埜君の言葉にも少なからず
動揺もしたのも事実。


それが伝わったから
言ったんでしょう?

裄埜君に誤魔化しが効くが全くしない。
どんな些細なことでもきっと
見抜かれてしまう。


「ゴメン、怒らせるつもりはなかったんだ」


「怒るとかないから」


「――そうだね、君は優しい。

俺に告白を受けて此処に来づらいと
思ってるけど、それでも来てくれるのは
自分の所為で怪我をさせだと思ってるから」


「ち――」


口を挟むその前に
裄埜君が素早く言葉を紡ぐ。


「そして、俺がそう言うと
必ず否定する。

優しんだよ、気付いてないだけ」


「優しいのは全然裄埜君の方」


「分かってないな。

カラコンを入れてるのは雨音に
気を使ってるわけじゃないよ。

寧ろ君が俺の目を見て別の誰かを
思い出すのが嫌でしてるし、
罪悪感でも君が此処に足を運んで
くれるのを期待してるんだよ」


クスクス笑いながら言う言葉には
何ら悪意の欠片もなく
少し前に感じていた含みとか
駆け引きめいたモノも一切感じない。


私はやっぱり拒否も受け入れる
言葉も見つからないまま俯いてしまった。




「ハーイ、検温でーす!
邪魔して悪いけど面会時間終了~
あーもう、この役イヤ~
ジャンケンで負けたの許して~」



「そんな時間ですか、スミマセン。
君といると時間を忘れてしまうよ」


「裄埜君……」





「あ゛~~~~アタシも彼氏欲しいわ!!」


看護師さんの凄い大きなため息で
我に返った。


「ごめんなさい、すぐ帰りますっ」






「雨音」



慌てて病室のドアに手をかけると
背後から声が掛かった。




「退院したら――」


「え?」



「君を全力で口説き落とすから覚悟してて」




「!!」






「お願いっ!!
検温させてぇぇ!!!!!!!」




悲鳴にも似た叫びと共にドアが閉まった。


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