猫と宝石トリロジー①サファイアの真実



「美桜?どうした?またひやかしの客にナンパでもされたか?」

この店のオーナー東堂(とうどう)に背後から覗き込まれて、美桜は慌てて名刺を隠した。

「もう!驚かさないでください!」

「昔は驚かせるとよく笑ったのに」

還暦が近いとは思えないすらりとした体格で、お洒落ないわゆるちょい悪オヤジな東堂が、昔を懐かしむ瞳で美桜を見た。

「私はもう25ですけど?」

「いつまでたっても、おまえと日向だけは三つの頃の可愛さを忘れられないな」

まったく……
美桜はため息をついた。

血の繋がりはないが、美桜にとっては父親のような東堂からこの店を任されて二年が経った。

美桜の父、麻生蘇芳(あそうすおう)と東堂は学生時代からの無二の親友で家族ぐるみの付き合いをしていた。

だから――
東堂はあの日から麻生を全面的に支え、私達兄弟の父親代わりになってくれたのだ。

両親が飛行機事故でこの世を去った時、美桜はまだ中学生だった。

事故後、次兄の陽人(はると)と二人、大嫌いな伯母の家での苦痛に満ちた生活を送っていた。

あのオババはお母様が嫌いだったのよ
だからあんな風に私と陽人に嫌味ばかり言って……

あの生活を脱け出せたのは、東堂の娘であり親友の日向のお陰だ。
彼女が私たちの窮状を父親の東堂に訴えに行った際、そこに長兄の蓮(れん)がいた。
会社を引き継ぐのに精一杯だった蓮は日向の話を聞き、慌てて私たちを実家に戻してくれた。

もしあのまま伯母の家にいたら今ごろは陽人と二人、かなりのひねくれ者になっていたはず。
最も美桜としては、蓮が兄弟の中で一番頑固でひねくれていると思っているが。

私達をすぐに引き取らなかった事を蓮は未だに後悔している。
だからって過保護な親代わりになる必要はないのに!
最近の私に対する過保護ぶりはいい加減ら放って置いて!と叫びたくなる。

大学院を出て普通に就職しようした私をつかまえて、
『そんな事はもっての他だ!』と自分の秘書にして傍に置こうとした蓮に『この店を任せてみようようじゃないか』と説得してくれたのも、東堂だった。

蓮兄さんの事は大好きだ。

あの頑固な所さえも。

でも家とは関係ないところで働きたかった。

それよりも……


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