猫と宝石トリロジー①サファイアの真実

美桜はあえてメニューは見ずに、注文を絢士に任せた。
それは大正解で、サラダからデザートまでどれも本当に美味しかった。

「魚介のパスタは本当に美味しかったわ」

「パスタだけはハズレがないんだ」

「悪かったな、パスタしか旨くなくて!」

美桜の背後からコック服の大男が現れた。

「トニー!」

絢士が満面の笑みで立ち上がった。

「絢士!おまえが女性連れだと聞いて厨房から抜け出して来たぞ!お嬢さん、絢士に騙されて……ワオ……」

トニーは振り返って美桜を見た途端、口をあんぐりさせた。

「こんばんわ」

椅子から立ち上がって挨拶する美桜を上から下まで二往復見た後、トニーは絢士の肩を思いきり叩いた。

「痛っ!」

顔をしかめる絢士を無視して、美桜の右手を恭しく持ち上げる。

「ベラドンナ……こいつとはいつ別れるつもりだい?」

「まあ」

「いつでも君の為にパスタを作るよ」

「これだからイタリア人ってやつは」

絢士はトニーの手をバシッと叩いて払うと、所有欲をむき出しにして美桜の肩を抱き寄せた。

「こうなったからには、ベリンダの事はきっぱり諦めるよ」

トニーの顔がパッと輝いた。

「ベリンダ?」

絢士を見る美桜の眉が片方吊り上がる

「ベラドンナ、こいつは俺の孫をたぶらかしているんだよ」

哀れっぽい声でトニーが美桜にすがるのを、絢士は『ふっ』と鼻で笑った。

「彼女はまだ三つだが見る瞳があるだろ?」

そう言って美桜にウインクして。

「それから、確かに彼女はベラドンナだが美桜という素敵な名前をもっているんだ、そして美桜、こっちはこの店のオーナーでシェフのアントニオ、トニーだよ」

絢士は二人を紹介した。

「初めまして、トニー。美味しいパスタをありがとうございます」

「ようこそ、わが店へ。美しい美桜、お腹にティラミスの入るスペースは残しておいたかい?」

「今、空けましたわ」

「ハハハッ!さすが絢士の彼女だ!」

「だろ?」

美桜はすっかりトニーとトニー作り出す美味しいものの虜になってしまったし、それ以上に絢士に魅せられていた。

アカシヤのご夫婦もすぐに彼を気に入っていたし、トニーさんも彼を息子のように可愛がっているのがわかる。

欲しくても手に入らないもの
人受けの良さや人望が彼には備わっているんだわ。

「さて、健全なデートの仕上げに家まで送るとするか」

お店を出て絢士は大きく伸びをして美桜に言った。

まだ9時前だと言うのに、家に帰されようとしている。
正真正銘の健全なデート。

「本当に?」

「ん?それは俺を試してる?」

美桜は笑って首を振った。
ここまできたら、本当に健全なデートで終わりたいと心から思った。

私の人生で一番素敵なデートだったもの。

こんな風にふわふわ恋している気持ちを大切にしたい。

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