エレーナ再びそれぞれの想い
 あれは、シュウがまだ小学校に上がる前の事。
当時、南地区では大地震が発生、住民達は大規模な津波に備えて避難し始めていた。
「早く避難しろ!」
消防団員だったシュウの父は、町の人々を避難させるため、隅々まで消防車で走り回り、逃げ遅れた人がいないか確認していた。
シュウは、母親の車で近所の避難所に向かっていた。
ちょうどその時、独りで歩いている子供とすれ違った。
避難所に向かう間、シュウの母は、ずっと子供の事が脳裏から離れなかった。
避難所でシュウを降ろすと、
「すぐ戻るから、貴方はここにいて」
そう言うと、シュウの母は来た道を引き返し、子供を助けに向かった。
母の車が見えなくなったその時、黒々とした津波が河口から川を遡り押し寄せ、
母の車が向かった方に流れて行った。
「お母さーん!」
その後シュウの母は行方不明に。
避難誘導中だった父も津波に飲まれて亡くなった。
シュウは避難所に独り取り残された。
そして、何時までも両親が迎えに来るのを待ち続けた。
その後、シュウの母の車が大破した状態で発見されたが、母は行方不明のままだった。
やがて、当時国会議員であった、白川家の当主、白川郁乃が被災状況を確認のため、視察、避難所も訪れた。
今は国土交通大臣だが、当時は国土交通省の政務官。
白川郁乃は、避難所に独りでいるシュウに気づき、声を掛けた。
避難所は地元の高齢者ばかりで、幼い子供はシュウ独りだけだった。
「お父さん、お母さんは?」
「ふたりともいなくなっちゃった」
シュウは赤く腫らした目でそう答えた。
「それは大変だったね」
郁乃はそう話し掛けるのが精いっぱいだった。
それでも、何か話し掛けないといけないと思った。気を取り直してこう言った。
「そうだ、何か欲しい物はある? 何でもおばちゃんに言ってね」
シュウは、絞り出すような小声でこう言った。
「もう、誰も死なないようにして。
おばちゃん、偉い人だから出来るんでしょ?」
郁乃は何も言えなかった。
政治家だからって何でも出来る訳じゃない。
でも、知らない大人達ばかりの避難所で、肉親を失った悲しみに耐えてきた小さな瞳は、偉い人は何とかしてくれると、信じているのだ。
それを裏切っていいものか。
郁乃は帰ってからも、ずっとシュウの事が脳裏に焼きついて離れなかった。
 彼女は、側近にシュウを迎えに行かせた。

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