君がいるから


 どんなに腕で足を拘束されようと、巻き込まれることはごめんだと何度も何度も足をバタつかせ、青年の肩の上で暴れ続ける。すると、青年は暴れる私をついに支えきれなくなった途端、そのまま肩からガクンッと滑る。

「きゃーっ!!」

「やっべ!」

「あーあ、折角の可愛い嬢ちゃーんが」

 落ちていく間際、私の視界には青い空を背景に青年とボサボサの男の姿が映る。仰向けに肩から転げ落ち、2人から遠ざかっていくけど、それとは逆に近づくのは――緑の絨毯。

(あぁ……こんな高さから落ちてるんだから、助かるわけない)

 不思議と冷静に今起こっている状況を受け止める自分。父さんやコウキ、由香、秋山の顔が次々に思い浮かんでいく最中瞼が閉じようとする間際、左手中指が熱を帯びた気がした――。









   * * *






「少し仮眠を取っておくか」

 パサッと手にしていた数枚の紙を机の上に置き、目頭に指を当て呟いたのはアディル。背もたれにゆっくりと体を預け、う~んっと背筋を伸ばす。そうして息を吐き出し、徐々に瞼が下降していく時――。

 コンコン

 来客を知らせる音に瞼は再び上がる。返事をする前に扉が開かれ、ひょっこり顔を覗かせたのはピンク色の髪の持ち主。

「アディルー。ミファ持ってきたよー」

 シェリーの手に持つトレーの上にあるカップが、振動によって音を奏でる。にこにこと笑みながらシェリーはアディルの元へと歩み寄り、トレーをアディルのデスクに傍に備え付けられた円卓に置いた。

「アディル、きっと疲れてると思って、今日はうんと甘いのをシェリーが淹れてきたよ」

「シェリー、ありがとう」

 アディルの言葉でシェリーは更に喜びを面に表し、カップにポットのお茶を注ぐと机の上に置く。アディルはすぐさま置かれたカップを手に取り、口に含む。

「おいしい。甘さが丁度いい」

「アディルの好みは、シェリーはぜーんぶ知ってるからね」

 一口また一口とミファで喉を潤していくアディルの姿に、シェリーは笑顔を絶やすことがない。全てアディルが飲み干すと、アディルは『そういえば』っと口を開く。

「あきなは無事部屋に戻ったかな?」

 あきな――アディルの口から出たその名を耳にした途端、先程まで晴れやかだった表情は消え去り、代わりに頬に空気が入り膨らんでいた。

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