君がいるから


「本当の本当に馬鹿で鈍感だな、あんた」

「馬鹿で鈍感って。前にも同じようなことを言われたような気がします……ね」

「言ったことあったな」

 先ほどまでの近寄りがたい雰囲気が和らいだことに、少し肩から力が抜けていく――っというか、この状況はいつまで続くのだろうか。

「この状況で他の男の名前出すか、普通」

「他の男って……」

 思考を巡らせ、思い当たるのは――。

「ジンのこと?」

「だから、出すなって言ってんだ」

「いや……だって、他の男って……レイのお兄さんでしょ」

 ぐいっ――これ以上は無理な筈なのに、更に引き寄せるレイの腕。一ミリの隙間もないだろう密着度に、恥じらいよりも苦しさと困惑が膨らむばかり。再び口を閉ざしてしまうレイ。ジンの名を出すことが、そんなにもレイの勘に触るのだろうか。馬鹿や鈍感と口にする前に教えてほしい。

「あいつにもさせたのかよ」

 また主語がない唐突な問い。いつも1つ2つ足りないレイの言葉にはいつまでも慣れない。だから、私の方から一つ一つ問いかけていくしかない。

「あんたは何処まで、馬鹿で鈍感なんだっての」

「いや……それを、何度も言わないで下さい。意外とへこむから」

「分かるまで、言い続ける」

「言う前に教えてくれた方がいいんですが。はっきり分かるように説明してください」

「やだね。自分で分からないようじゃ、俺が言ったとしても。たぶん、あんたのスカスカな脳じゃ理解できないだろ」

「そこまで言う必要ある?」

 背に添えられたレイの手がとても熱い。二つの熱に背を更に押され、どんなに思考を巡らせても理由も分からないまま――そんな私の心情を悟ったのか。

「ここまでしても分かんないって……相当な鈍感だよな。長期戦……か、めんどくさい」

 ――そう頭上で呟いたかと思えば、微かに鼻を鳴らしたような。

「あきな?」

 途端に私たちの動きが止まる。今の今まで2人だけしかいなかった空間に、風が吹いたかのようにすんなりと耳に溶け込む声に。自身の心音が次第に速度を増していく。両手でやんわりレイの胸板を押し、ぴたりと密着していた間に空気が流れ込んで、温もっていた肌が反応を示す。
 視線を落としていたことで、自身の髪で隠された方角。1つ――1つ――こちらへ近づいてくる靴音。一度瞼を固く閉じ開き、顔を上げ声の主へと向けた――。


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