貝殻の音色
「海だー」
「海に来たんだから当たり前だろ」
「あんたは一言多い」
海からの潮風に髪を押さえながら、律子は修也を振り返って言った。辛辣な言葉と裏腹に、その表情は明るい。やはり、海に来られたのが嬉しいらしい。ちなみに律子は「信代姉さんも行こうよ」と誘ったのだが、何故だか断られて頭に疑問符を浮かべていた。
律子はサンダルを履いた足で砂浜を歩きながら、うーん、と言って伸びをした。
「もう人もあんまり居ないし、気分いいわね」
「そうだな」
修也が、律子の隣をゆっくりとした歩調で歩く。海風に、シャツの裾がはらりと揺れた。ティーシャツの上に前を開けたシャツを羽織り、下にはジーンズを合わせている。無難な格好だが、修也には奇抜な服装をする趣味はなかった。
対して律子は、白のサマーニットに大ぶりのネックレスを付け、カーキのクロップドパンツを合わせている。足下には革のサンダル。少しばかりめかしたらしい私服姿に、修也は一瞬目を細めた。
「あんたのおかげで、日焼け止めもちょっと減ったわ」
律子が、にこりと微笑みながら振り返る。なんだかんだ言って、出かけられたのが嬉しいのだ。隣を歩いているのが恋人ではなくいとこというのが少し寂しいところだが、恋人などいないのだからしょうがない、と、律子は胸の内で苦笑した。
修也は律子のそんな失礼な思考を知る由もなく、「そりゃよかったな」といつものように気のない返事を返す。律子もそれに頓着することなく、また前を向いてゆっくりと砂浜を踏みしめた。
「あ、ねえ」
律子が、唐突に声を上げる。修也が何かと思ってそちらを見ると、律子は突然小走りになって前方に駆けていった。修也がその後を追うと、律子はある一点でしゃがみこんで、砂浜に手を伸ばした。
「ほら、大きな貝」
律子がそう言って手に取ったのは、薄水色をした巻き貝だった。光の加減によっては白くも見える。白い砂浜に埋もれていたそれは、律子の手のひらほどの大きさだった。
修也がどう反応すべきか迷って貝を見ていると、律子は修也の返事を待つ風もなく、嬉しそうに笑って貝を耳に当てた。
「おい、何してんだ?」
「あれ、知らない? 貝を耳に当てると、波の音がするのよ」
意外そうに、律子が言う。初めて聞いたその情報に、修也は目をぱちくりとさせた。貝から波の音がするとは、とても信じられなかった。
「気のせいだろ」
「本当だってば!」
修也の言葉に、律子はむきになったように言い返した。そして、「何なら試してみなさいよ」と言って、貝を修也の方に差し出してくる。
修也は首を捻りながらも、その貝を受け取った。そして、少し顔を傾けて、貝を耳に当てる。
ざざん、ざざん、と、音がした、気がした。しかしそれが貝の内側から響いてきた音なのか、それとも数メートル先にある波打ち際からの音なのか、今一判然としない。
「……ここじゃ分かんねえな」
「どうしてよ」
「本物の波の音がしてんだろ」
苦笑しながらの言葉に、律子は一瞬目を丸くして、それから「……たしかに」とややばつの悪そうな顔で言った。そのしゅんとした子供のような様子に、修也はふっと笑って、律子の頭にぽんと手をやった。
「帰ったら聞いてみる。そんなにしょぼくれんな」
「……しょぼくれてなんかないわよ」
じと目で見上げてくる律子に、修也はのどの奥でくつくつと笑った。
終わりかけの夏に、二人だけの記憶が静かに栞を挟んだ。
「海に来たんだから当たり前だろ」
「あんたは一言多い」
海からの潮風に髪を押さえながら、律子は修也を振り返って言った。辛辣な言葉と裏腹に、その表情は明るい。やはり、海に来られたのが嬉しいらしい。ちなみに律子は「信代姉さんも行こうよ」と誘ったのだが、何故だか断られて頭に疑問符を浮かべていた。
律子はサンダルを履いた足で砂浜を歩きながら、うーん、と言って伸びをした。
「もう人もあんまり居ないし、気分いいわね」
「そうだな」
修也が、律子の隣をゆっくりとした歩調で歩く。海風に、シャツの裾がはらりと揺れた。ティーシャツの上に前を開けたシャツを羽織り、下にはジーンズを合わせている。無難な格好だが、修也には奇抜な服装をする趣味はなかった。
対して律子は、白のサマーニットに大ぶりのネックレスを付け、カーキのクロップドパンツを合わせている。足下には革のサンダル。少しばかりめかしたらしい私服姿に、修也は一瞬目を細めた。
「あんたのおかげで、日焼け止めもちょっと減ったわ」
律子が、にこりと微笑みながら振り返る。なんだかんだ言って、出かけられたのが嬉しいのだ。隣を歩いているのが恋人ではなくいとこというのが少し寂しいところだが、恋人などいないのだからしょうがない、と、律子は胸の内で苦笑した。
修也は律子のそんな失礼な思考を知る由もなく、「そりゃよかったな」といつものように気のない返事を返す。律子もそれに頓着することなく、また前を向いてゆっくりと砂浜を踏みしめた。
「あ、ねえ」
律子が、唐突に声を上げる。修也が何かと思ってそちらを見ると、律子は突然小走りになって前方に駆けていった。修也がその後を追うと、律子はある一点でしゃがみこんで、砂浜に手を伸ばした。
「ほら、大きな貝」
律子がそう言って手に取ったのは、薄水色をした巻き貝だった。光の加減によっては白くも見える。白い砂浜に埋もれていたそれは、律子の手のひらほどの大きさだった。
修也がどう反応すべきか迷って貝を見ていると、律子は修也の返事を待つ風もなく、嬉しそうに笑って貝を耳に当てた。
「おい、何してんだ?」
「あれ、知らない? 貝を耳に当てると、波の音がするのよ」
意外そうに、律子が言う。初めて聞いたその情報に、修也は目をぱちくりとさせた。貝から波の音がするとは、とても信じられなかった。
「気のせいだろ」
「本当だってば!」
修也の言葉に、律子はむきになったように言い返した。そして、「何なら試してみなさいよ」と言って、貝を修也の方に差し出してくる。
修也は首を捻りながらも、その貝を受け取った。そして、少し顔を傾けて、貝を耳に当てる。
ざざん、ざざん、と、音がした、気がした。しかしそれが貝の内側から響いてきた音なのか、それとも数メートル先にある波打ち際からの音なのか、今一判然としない。
「……ここじゃ分かんねえな」
「どうしてよ」
「本物の波の音がしてんだろ」
苦笑しながらの言葉に、律子は一瞬目を丸くして、それから「……たしかに」とややばつの悪そうな顔で言った。そのしゅんとした子供のような様子に、修也はふっと笑って、律子の頭にぽんと手をやった。
「帰ったら聞いてみる。そんなにしょぼくれんな」
「……しょぼくれてなんかないわよ」
じと目で見上げてくる律子に、修也はのどの奥でくつくつと笑った。
終わりかけの夏に、二人だけの記憶が静かに栞を挟んだ。