くだらない短編集
菩提樹




草原に雨が降る。曇天から矢の如き雨が降る。樹が男の身体を覆っていく。太い幹が胸部の皮膚を突き破り、徐々に彼の身体を蝕んでいく。

女は男に跨がって、必死にその樹を取り除こうとしていた。掴み、力任せに捻り取る。葉が散った。雨の雫が跳ねた。しかし、彼の身体から、とめどなく溢れ出てくる美しい樹木。涙が頬を流れる。雨と混じって、横たわる彼の躯に落ちる。水分を失った彼の唇が、やめなさい、と動いた。

「いやだ!いやだっいやだ」

爪が割れて、皮膚が裂ける。それでも女は腕を動かし続けた。聞き分けのない子供のように、泣き喚く。

「置いていかないで!」

雨が降る。彼の体温が少しずつ低くなっていく。離れてしまうのは分かっているのに、どうもできないもどかしさが胸を食らって。

あの日、今日と同じ雨の日。思い出されるのは孤高に立つ背中。軍服を身に纏う彼は雨に打たれながら、静かに歩み出す、離れていく。鋭い雨。遮られる行く手。

男は女の手を優しく拒むと、穏やかな表情をして瞼を閉じた。体を覆う樹木が、突如として成長を速める。彼に絡みつくように、彼を地面へ縫い付けようとするように、大木がその背を伸ばしていく。女は男から離れざるを得なかった。そうして、樹木は完全に彼の躯を蝕み、枝を空へ伸ばして、成長を止める。

女に降る雨だけが、止んだ。


■菩薩樹

《歌を使って小説を書こう、天野》
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