くだらない短編集
だって物語だもの



青年は本を閉じると、その表紙に額を当てた。感動の余韻に浸りながら、感情の琴線を揺らす。読み終わった本の表紙は死体のように冷たかった。しかし、再び読んでやれば、灼熱の如き熱さで胸を焦がされるに違いないのだ。

「物語の良さ、わたしにはわからないわ」

教室内で向かい合わせに座る少女は、足を揺らしながら退屈そうに天井を見上げた。放課後の教室には、赤く燃ゆる陽光だけが満ちている。

「現実の方が美しいのに」
「現実だって物語なんだ。つまるところ、きみは物語だって美しいと言っている」
「屁理屈はやめてよ。喉が腐るわ」

さあ、帰りましょう、と彼女は立ち上がった。青年の読んでいた本を取り上げて、教科書の入っていない鞄を持ち上げる。古びた床板がぎしりと鳴いた。

「終わったけどさ」

雨音が地面に沈み込むような声色で、彼は呟いた。青年に背中を向けて歩き出していた少女の足が止まる。再び、ぎしり。白靴下を履いた足が床板に影を落とす。

「文章は一度、死んでしまったけれどさ」

青年は言葉を紡いだ。

「大丈夫。また、光るよ。きっと」

誰かがよんでくれたのならば、振り向いて笑えるでしょう。

■だって物語だもの


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