大地主と大魔女の娘

祭りの終わりに



 空間がこの場だけ、異常なまでに静まり返った。


 先程まで絶えず聞こえてきた音楽も雑踏も遠いのではない。

 ここまで届かなくなった。

 一体この人は何をしたのだろうかと、問いただすように見上げた。

『あれあれ。惚けるのはまだ早いよ。フルル』


 ぐいと引き寄せられた手のこうに口づけを落される。

 思わず引いた。

 でも無駄だった。

 あたたかく柔らかい感触が押し当てられる。

 怖い。


 椅子に腰掛けたまま、身体ごと引いて丸めるようにした。


『もう。ちょっと結界をはっただけだよ。誰にも邪魔されたくないからね。だから、そんなに怯えなくたって大丈夫だよ。何も取って食ったりしないから。……レオナルと違って』


 努めてなのか、軽い口調で言われた。

 それでも最後の方に付け足された言葉は、何やら重みがあったのは確かだ。

 ますます怯む。

 情けない表情で見上げていたのだろう。

 スレン様は吹き出した。


『本当にそんな顔しないでよ。やっぱり、どうにかしてやろうかって思わせるよ?』


 前に似たような事を、レオナル様にも言われてしまったことがある。

 きっとあんまりビクついていると、相手に対して失礼になるに違いないのは解る。

 でも、そんな顔というのが、どういうものを指して言っているのかは解らなかった。


 強ばった身体のまま、スレン様を見つめた。


 ふ、とスレン様がゆったりと笑った。

 闇の中、微かに届く炎の明かりを頼りに見ても、この方の髪も瞳も輝いている。

 どこか懐かしいという感情さえ湧いてきて、不思議と少しだけ緊張を緩める事が出来た。

 それは森の深い色合いを思わせる、眼差しのなせる技だろうか?


『そうそう、フルル。わかってくれたみたいだね。お利口サン?』


 からかうように。それでいて嬉しそうに。

 そんな歌うような調子で言いながら、また私の頭をごしゃごしゃにする。


『せっかくだから、フルルとも踊ってあげようね』


 そう言い出した。


『私は踊れません』


 慌てて抗議する。


 レオナル様がしてくれたみたいなやり方で、スレン様と踊るのは嫌だったから。


『ん。だから知ってるってば』


 動じないスレン様は、ただ私の両手を取った。

 跪いて私と目線を合わせたまま、優雅に一礼すると自分だけ立ち上がる。

 そうして私と手をつないだまま、ご自身だけ椅子の周りを回った。


 時折方向を変えたり、私の手を高く持ち上げて回ったりとされるうち、思わず笑い声を漏らしてしまった。


『おや。やっと笑ったね』


 不覚にも楽しくなってしまった。

 なるべく表情を引き締めようとしてみたけれど、うまくはいかなかった。

 スレン様も気がついたのだろう。


『全く。フルルは素直でないったら』


 そうぼやかれた。


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