大地主と大魔女の娘



 大きな身体に勢いを付けて、デュリナーダが跳んだ。それと同時にシオンも動いた。

 素早く小刀を抜き、シオンの方めがけて放った。シオンは難なく払い落としたが、態勢は崩れた。

 そこまでは狙い通りだったが、思った以上に獣は身軽であったようだ。

 巨体の影が落ちたと思った時には、遅れを取ったと悟る。

 かわしきれず、左の肩口に獣の爪が食い込んだ。

 ザシュリ、と衣服と肉が同時に裂ける耳障りな音がする。

 鮮血が飛び散った。


 思わず顔をしかめたが、その機会を逃さず、獣の腹に足で蹴りを入れてやる。

 グゥ! と短く息を押し出して、獣は横に飛んだ。だがすぐさま、起き上がると低く構える。


『何故、切りかかって来ない! オマエ!』


 デュリナーダが吠えた。


「貴方の騎士道精神には恐れ入りますよ!」


 シオンが俺をなじりながら、剣を構えた。


 自分の流す血の匂いを感じながら、再び双方に集中する。

 シオンもデュリナーダも俺のスキをつこうと、同時に攻撃を仕掛けてくる姿勢は変わらない。

 ならば同じようにスキをつくまでだ。

 何度目かの攻防の後、疲労の色が濃くなってきたのは隠しようがない。

 それでも構え続けた。俺の気力は衰えを見せない。集中力も。

 シオンとデュリナーダも、ゆっくりとだが確実に呼吸が乱れているのが窺える。

 持久戦に持ち込む気なのは、俺とて変わらない。


『いい加減に、剣を抜け!』


 咆哮と共に動いたデュリナーダへと、意識を向ける。

 その跳躍力は素晴らしく、間合いなど無いにも等しい。その体力もだ。

 いよいよ、この獣をいなすためには剣が必要か。

 脳裏を掠めるのは、この獣を愛でていた少女の微笑みだった。

 彼女はこの獣を可愛がっていた。

 寂しさを紛らわしてくれる、心の拠としていたに違いない。

 そんな獣の毛並みが血に濡れて、悲しまない訳がないだろう。

 だからこそ、最後の最後まで剣は向けるまいとしてきた。

 しかしもう、不本意ながらあまり余裕が無い。


 ――許せ。


 不承不承構えたのだが、その瞬間に影が飛び込んできた!





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