花
ドアを開ける音に反応して、こちらを見た貴史の視線に捕らえられて、
和は動けなくなった。
久し振りに まともに見る貴史は、やはり綺麗で、どこか神秘的で、
和は毎度の事ながら、放心状態で、見つめてしまった。
貴史はと言うと、
和を見た後、机の上に ぽつんと置かれている鞄を見て、もう一度 和を見ると、
口の端を上げて、いつものように、笑った。
「…忘れ物、多過ぎだから 笑」
何事も なかったか の ような、
今までと同じ、自然な口調で、そう言う。
まるで、避けていたのは和だけ だったのでは ないか と 思わせるような その声のトーンは、
いつもと同じで、低く、心地が良かった。
「…うん。
そうだね 笑」
和も、笑って答えた。
いつの間にか、
先程まで気に なっていた凛の事は、頭から抜けていた。
相変わらず貴史の出す空気は居心地が良くて、
やっぱり自分は貴史と話して居るのが落ち着くのだと、思った。
二度と自分に向けられる事はない、と思っていた笑顔が、
今 自分に向けられている。
もう話して貰えないと思っていたのに、
また、自分を見て、笑ってくれている。
凛と何処で何を していたのか、今までも一緒に居たのか、
全く気に ならない と 言えば嘘に なったが、
″今、貴史と一緒に居たい″という気持ちの方が、ずっと上回っていた。